#愛知県

​豊田市駒場町「駒場(こまんば)神明社」

駒場(こまんば)神明社 大宝2年(702)持統天皇三河国を御巡幸の際勅使を得て氏神として鎮祭せられたと伝わり。 地名の駒場は第92代伏見天皇の御代と伝わり、この地名の起源は部落が鎌倉街道沿線にあって人馬共に集まった往時からのもの。 更に遡ると海浜に臨み…

「日吉山王社」(知立市八橋町)

知立市八橋町寺内 日吉山王社 創建は古く慶雲元年(704)にまで遡り、大山昨命をお祀りする神社。 創建以来1300年の長きに渡り八橋の集落と無量寿寺を見護り続けてきた神社だ。

名古屋市中区錦 『泥江縣神社』

名古屋市中区錦1「泥江(ひじえ)縣神社」 ビルの谷間に鎮座する当社の創建は貞観元年(859)宇佐八幡宮から勧請されたのが起り。 祭神は三女神(田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神)、応神天皇、神功皇后をお祀りします。 嘗ては広い境内を誇りましたが検地、町割、…

名古屋市西区幅下『 隅田神社』

名古屋市西区幅下「隅田神社」 江川線の東に面したこの辺りは菓子問屋の店舗が連なり、昭和の頃には相当賑わいを見せ「新道・明道町の菓子問屋」とも云われていたそうです。 今は往事の賑わいこそないものの、そうした店舗が残り、菓子問屋街の名残を感じさ…

『牛田 八幡社』愛知県知立市

牛田 八幡社 鎌倉街道と東海道の二つの交通の要衝を間近に控え、往古からこの町の移り変わりを見続けて来たのが牛田八幡社のようだ。

今は面影のない江川沿いに佇む「隅田神社」

名古屋市西区幅下「隅田神社」 江川線の東に面したこの辺りは菓子問屋の店舗が連なり、昭和の頃には相当賑わいを見せ「新道・明道町の菓子問屋」とも云われていたそうです。 今は往事の賑わいこそないものの、そうした店舗が残り、菓子問屋街の名残を感じさ…

多賀宮、薬力稲荷大明神、犬鳴山倶利迦羅大龍不動明王

西区那古野の神社を探し徘徊する事二回目。 今回の多賀宮は円頓寺商店街を西に進み、江川線を越えた円頓寺本町商店街のアケードの下に鎮座します。

『御鍬神社』愛知県知立市

知立市来迎寺町西中畑「御鍬神社」 社頭の前を旧東海道が横切る、ここから西に向かえば旧東海道の39番目の宿場町池鯉鮒宿へ続きます。 街道沿いに社頭を構える御鍬社。 猿渡川と逢妻側の二つの川に挟まれた当地、街道沿いは住宅が立ち並んでいますが、北側に…

五条橋袂の屋根神さま

名古屋市西区那古野1 堀川に架かる五条橋を西に渡る、橋の袂に流麗な曲線を描く山型造りの社が祀られています、こちらも地に下りた屋根神様。

中村家と屋根神様

中村家と屋根神様 その昔は写真の様な町屋が軒を連ねていたのだろう。 壁一枚で臨家と接した建物も、新しい建物に置き換わり、今ではその連なりも一部歯抜けになったり、分断された中村家の建屋が残る、その軒下にも屋根神様が祀られています。

『石尊不動明王堂』 (小牧市大字大山字郷島)

​小牧市大字大山字郷島鎮座の石尊不動明王堂。 嘗てこの地に存在し荒廃した正福寺、その再興を願い、正親町天皇が臨済宗妙心寺派の洞雲山江岩寺を建立させたとされ、正福寺の寺宝も移されている。 その江岩寺初代住職により建立されたのが石尊不動明王堂のよ…

『不乗森神社』愛知県安城市

愛知県安城市里町森に鎮座する不乗森神社。 歴史は古く冷泉天皇の御代(967~969)に遡る古社で祭神に大山咋神を祀る。 旧鎌倉街道沿いの野路の宿と共に宮橋の里と称する駅次の所在地で、古来より街道を往来する人々は、社頭通行にあたり馬に乗る者は下馬して…

『諸大明神社』春日井市松本町宮下

​春日井市松本町宮下「諸大明神社」 創建は不明ですが1730年(享保15)の棟札が残るとされ、更に養老年間(717~724年)にまで遡るという、記録によっては式内社の物部神社、松原神社とも云われるが定かではなく、往古の篠木庄西部の総氏神と推定されるようです。

兒神社 (小牧市大字大山字郷島)

兒神社 創建は久寿2年(1155) 嘗てこの地には「大山峰正福寺」が存在した。 由緒、創建などは不明だが、往時は比叡山と並ぶ寺勢を誇っていたことが伺われる。 仁平2年(1152)に比叡山延暦寺の僧兵に攻め込まれ堂宇は悉く焼き尽くされた。 その際、僧1名と2名の…

名古屋市西区『金刀比羅神社』

名古屋市西区那古野 金刀比羅神社。 安政6年(1859)三の丸より遷座した神社で、円頓寺商店街の通りは金刀比羅神社、円頓寺、慶栄寺の山門が接しており、通りはこれらの門前町の様相ですが、華やかな赤い金刀比羅神社は商店街の顔と云ってもいい。

四間道の屋根神さま #2

名古屋市西区。 堀川沿いの四間道にはこの地方独特の屋根神さまを祀る姿が今も見ることが出来ます。 こうした屋根神がいつ頃から起きたのかは定かではないけれど、概ね明治初期から昭和初期に広まり、空襲による焼失などもあり、昭和中頃には多くの屋根神は…

八幡社 (小牧市野口2207)

小牧市野口 八幡社 尾張三山の一つ尾張白山の南の裾野にあたり、小牧市北東部の丘陵地帯で、古くは春日部郡篠木荘野口村と呼ばれ、中腹の大山、野口一帯は古くから人が居住し6~7世紀に作られたとされる複数の古墳が点在する。 大山、野口古墳群では主に横穴…

ブルーインパルスがやってきた

名古屋の空にブルーインパルスがやって来た

四間道の屋根神さまと子守地蔵尊

名古屋市西区那古野 四間道の屋根神さまと云えば必ず取り上げられる知られた存在。 軒を連ねる重層長屋の軒下に建てられた立派な屋根神さまの覆屋は象徴的存在、その横には「子守地蔵尊」が祀られている。

専修寺 名古屋別院 (西区那古野1)

四間道の西の通りに鎮座する真宗高田派 専修寺名古屋別院 明暦3年(1657)当地に建立。 当初信行院と称したが、宝暦4年(1754)専修寺愛知別院と改めた。 荘厳な威容を誇っていた本堂は戦災で焼失、山門・鐘楼は創建当時のものを今に残している。 専修寺の落ち着…

八幡社 (春日井市大泉寺町)

春日井市大泉寺町「八幡社」 下街道沿いに鎮座する神社で創建は不明ですが、一説に天正9年(1581)の創建、昭和40年代当地へ移築改修とも云われる。 綺麗に手入れされた境内と伽藍は大泉寺町の住民から古くから崇敬され続けてきた氏神様。

西区那古野1 「淺間神社」

堀川に架かる中橋から西を見る。 アスファルトとコンクリートばかりの一帯に大きな楠木が聳える一画があります。 中橋の屋根神さまから淺間神社は目と鼻の先。 この杜の主が淺間神社。 淺間神社は四間道の南の玄関口に東向きに社頭を構えて鎮座します。 グレ…

「中橋の袂で佇む屋根神さま」名古屋市西区那古野

堀川は名古屋城下と熱田の海を結ぶ運河として、家康が1610年(慶長15)福島正則に命じ開削されたもの。 当時は堀川七橋と呼ばれた五条橋、中橋、伝馬橋、納屋橋、日置橋、古渡橋、尾頭橋が架けられ、中橋はそのなかの一つ。 その袂に地に下りた屋根神さまが祀…

名古屋市中区丸の内1 『白山神社』

中区丸の内1、ビルが林立する一画に場違いとも思える玉垣と鳥居が視界に入る。 ビルの森の中の僅かな隙間に白山神社が見えてくる、まるで時の流れから取り残された様に鎮座する。 菊理媛命神を祭神とするが創建は明らかではない。 参道には約300年ほど前の…

天王社 (春日井市大泉寺町)

春日井市大泉寺町 「天王社」 下街道沿いに安政の頃より祀られて来た大泉寺集落の氏神さまのようです。

名古屋市中村区名駅5 『花車 神明社』

中村区名駅5 元はここから堀川を越えた少し高みに鎮座する泥江(ひじえ)縣神社の境内社とも云われるようです。 先に掲載した中村区名駅5の「​​天王社」から​南へ徒歩5分​程の神明社へ。 鎮座などの詳細は不明ですが「尾張志」「尾張年中行事絵抄」に記述も見…

御嶽神社 (春日井市大泉寺町)

春日井市大泉寺町 御嶽神社 下街道沿いの小高い丘陵地の頂に鎮座します。 創建は一部に明治44年(1911)とも云われるが詳細は定かではない。 祭神は国常立尊、大己貴命、少彦名命を祀り、境内には複数の霊神碑や月待塔がある。

白川村萩町『弘法堂・和田家』

白川郷萩町の荻町城跡展望台を後に再び集落に戻り「49番札所弘法堂・和田家」方向に向かいます。 和田家北側まで下りてくると荻町城跡展望台が壁の様に聳えています。 見所の多い白川郷、一日だけでも表情を変えていく合掌村、今回はそのごく一部の表情でし…

『貴船神社』予期せぬ出会い

バスツアーで新城市を訪れた。 予期せぬ手違いは時に新たな出会いのチャンスを与えてくれる。

日泰寺参道脇の屋根神さま

名古屋市千種区山門町2丁目。 南北に続く日泰寺参道の中ほどで右に入ると写真の屋根神様が祀られている。 しばらくご無沙汰していましたが、久し振り参拝させてもらいました。 消えていったり、世話する人が無く朽ち果てて行く屋根神様がある中、山門町のこ…