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光春稲荷古墳の墳丘に鎮座する「光春稲荷社」

墳丘の上に建つ光春稲荷社。 中央線建設に伴い請負間の諍いが多い事に悩みを抱えていた栗田武右ェ門。 諍いを鎮める目的で1896年(明治31)、京都の伏見稲荷から分霊を迎えたのが光春稲荷の原点とされる。

富岡神社と古木江城跡

田園風景の中、緑の杜の中に佇む富岡神社は古木江城の鎮守として祀られた歴史のある神社。

守山区「医王山 長命寺」

長命寺はもともとは川嶋神社付近に長母寺を開山した無住国師が旧号で光常寺として開山したとされ、小牧・長久手の合戦(1584年)で本尊の薬師如来像を除き伽藍を焼失。 後の1700年(元禄13)に長母寺末寺、「医王山 長命寺」と改号し再興され現在に至るようです…

「天王社」名古屋市守山区

名古屋市守山区白沢町白沢渓谷の西の麓に当たり平坦な扇状地にできた地域、ここから東は緩やかに丘陵地が続きます。町名の由来となる白沢川は1768年(明和5)に従来の流れに堤を築いて堰き止め、北側の山を開削し庄内川へ流路が変えられたもので、ここから東に…

名古屋市緑区大高町 「龍宮社(住吉社)」

龍宮社(住吉社) その昔は海辺であったこの地も新田開発で川辺に変貌。解説によれば伊勢湾台風で被災以前はここから約400㍍程上流に鎮座していたという。 祭神の筒男三神は正式には住吉大神と呼ばれるようで、伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の檍原で禊を行…

愛知県愛西市 森川花はす田

梅雨も明けた今頃になって漸く森川花はす田を訪れてきました 正直期待はしていなかったが、品種によっては綺麗な姿を見ることができました 名古屋を5:30に出て下道で小一時間、道の駅「立田ふれあいの里」に6:30前には着くことが出来た まだ1週間は大丈夫で…

名古屋市緑区大高町 「寝覚の里」

「寝覚の里」 景行天皇より東征を命じられた日本武尊、伊勢神宮で倭姫命より草薙神剣を授かり、当時尾張国を治めていた乎止与命の館のあった氷上山に立ち寄りそこで宮簀媛命を見初めたという。 日本武尊は東征を果たし、再びこの地に凱旋し、宮簀媛命と妃と…

名和町寝覚 「神明社」

神明社は、今から約800年前、天照大神(御伊勢様)をこの地に祀り、安産の守護神として近隣の尊崇をあつめ、その加護をうけてこの土地には以来難産の家は出ないと伝えられている。

「八幡社」春日井市柏井町

柏井町「八幡社」、古くは下条村、上条村、松河戸村、中切村一帯の総鎮守だったというだけに立派な社殿と社地を持つ神社だった。 春日野部屋稽古場があり大相撲名古屋場所が開かれている今頃は、春日野部屋の幟も建ち、ここで稽古する力士や周辺でも力士の姿…

稲置街道を行く 「犬山神社」

「犬山神社」 国宝犬山城の歴代城主と明治維新以後の戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者三七一柱を合祀した神社。 犬山城を訪れた後は立ち寄ってみてください。

愛知県一宮市「赤見國玉神社」

愛知県一宮市赤見に鎮座する赤見國玉神社 春日山田皇女(山田赤見皇女)をお祀りする神社で歴史は古く室町時代には既に鎮座したとされる古社。 地名は山田赤見皇女の赤見からきているとされる。

天白川の堤防に鎮座する「三吉稲荷大明神・青峯山観音堂」

名古屋市南区源兵衛町 新田として開かれた土地は住宅地に変貌、この巨大なコンクリート堤防に守られ、普段の生活では過去の悲惨な歴史や生い立ちの面影は感じられないけれど、標高は1㍍に満たない。 神社は天白川堤防上の東西に細長い社地が与えられ、社頭と…

稲置街道を行く 「三光稲荷神社」と「猿田彦神社」 

三光稲荷神社の創建は定かではなく、1586年(天正14)の伝承もあるようです。 もともとは社頭を西側に進んだ丸の内緑地公園(三狐寺山)に鎮座していたという。 古くは信長の叔父織田信康に崇敬され、後に犬山城主成瀬家の守護神と崇敬を受け、天下泰平、五穀豊…

「八幡社」 春日井市松新町

下街道の南に鎮座する「松新の八幡社」 創建は意外に古く1799年(寛政11)まで遡る。 田畑だった頃から松新の移り変わりを見守り続けて来た神社。

稲置街道を行く 「針綱神社」

稲置街道を本町通りまで歩いてきました、ゴールとしていた針綱神社も間近になってきました。背後の国宝犬山城も随分と大きく見えて来た。

国営木曽三川公園138タワーパーク付近の「不明社」

南派川の堤から光明寺の街並みを見据えるように佇む小さな社と近代的なタワーの対比が面白いけれど、社の正体は分からずじまい。

天王社 春日井市柏木町

春日井市神明町の天王社、社号標も社名札もないけれど、ひょっとして町名の神明はこの神社から付いたものなのか

フラワーパーク江南 「不明社」

江南市小杁町一色、お囲い堤と呼ばれ木曽川左岸作られた長大な堤。 フラワーパーク江南入口にかかる「かたらい橋」の袂に小さな社が佇んでいた。

「庄内用水元杁」から瀬古1丁目「天王社」

「天王社」と「道標地蔵」から庄内川左岸を下流(西)方向に歩いていく。 30分ほど歩くと写真の用水路が進路を遮るように現れる。「庄内用水元杁」1910年(明治43)に作られたもので「現存する重要な土木遺産2800選」に選定されている。庄内川の水を取り入れ、矢…

稲置街道を行く 「本町通り」

ここまで歩いて来た稲置街道は本町通り中ほどから一本東を平行し北上、新合瀬川を渡り木曽川方向へ続いていきます。ここは街道は置いといて正面に見える犬山城に向かう本町通りを燃料補給のため直進。 それまでの通りとはうって変わって人通りが多くなり、城…

「天王社」と「道標地蔵」

守山瀬古東3「天王社」 下街道と龍泉寺道の分岐に鎮座する小さな社地、そこには古くからこの辺りを行き交う人々を導いて道標地蔵も祀られています。

「紫陽花」

梅雨のこの時期は紫陽花が合うような気がします5月27日に茶屋ヶ坂公園の紫陽花を見に出かけましたが少し早かったあれから一週間が過ぎ再び訪れて見ました そろそろ花も揃ってきました葉ばかりが目立った前回ですが今はカメラの画面いっぱいに紫陽花の花の色…

「天王社」

八尾稲荷の鎮座する下街道、そこから1本西筋、北側に集合住宅、前と左右を戸建住宅に囲まれるように一区画がぽっかりと空いた空間。整地されただけで雑草が生え、区画は玉垣で囲われている。ここが瀬古東2の天王社。 下街道の一方西筋を北方向に向いて撮った…

稲置街道を行く「旧堀部家住宅」「不明社」

稲置街道を歩き、いよいよ犬山城城下にやってきました。 所在地は犬山市南古券。 旧堀部邸は犬山城主成瀬家に代々仕えてきた氏族の住居。

「八尾稲荷」瀬古東2

下街道沿いに鎮座する八尾稲荷、いつ頃祀られたかよく分からない。 この辺りは街道沿いの宿場として賑やかな頃もあった、また周囲は田園も広がっていました。そうした環境もあり商売繁盛、五穀豊穣の神さまが祀られたのかもしれない。

稲置街道を行く 『外町天満宮』

「外町天満宮」。 「先聖寺」境内に鎮座し人目を引く艶やかな唐様式の大雄宝殿に対し、『外町天満宮』はひっそりと佇んでいます。

稲置街道を行く 『神護山先聖寺』

犬山市大字犬山字南古券「神護山先聖寺」 「稲置街道」沿いに摩伽羅が乗る赤い瓦の唐風寺院が目に止まる。 京都萬福寺の末寺で、特徴のある大雄宝殿(本堂)は唐様式の外観に留まらず、内部天井には先聖寺のシンボルともいえる鮮やかに描かれた龍の天井画があ…

稲置街道を行く 「津島神社」

犬山市犬山南古券 「津島神社」稲置街道の秋葉教会・玉光稲荷大明神から犬山城方向に向かい2~3分の西に少し入った三叉路に鎮座していました。 写真は了義山徳授禅寺の寺号標。臨済宗の寺で、室町時代中期に桃隠玄朔が草庵を結んだ所とされ、1476年(文明8)…

新守西の「天王社」

前回掲載した新守山の天王社から北方向へ、幸心1丁目交差点を更に直進し右に入った所に鎮座する天王社ここまで10分、15分程だろうか。この手前に地蔵さんが祀られた小さな祠(宮地小祠(みやちしょうし)を過去に訪れた事がありますが、そこから少し東に入った…

名古屋市守山区新守山 「天王社

今年も何処にも出かけられないGWとなりました。人の集まる場所を避け、自発的な個の選択、それも息苦しくなってくる。運動不足の解消と外気を吸いにJR中央線沿いを歩いている、前回は大曽根付近まで来て雨となり途中で引き返していました。心がけが悪い様で…