『稲宮神社』 静岡県伊豆市土肥

静岡県伊豆市土肥
静岡方面の一之宮巡りの際、こちらの大江戸温泉物語に宿を取りました
随分計画が遅れてしまい、宿に着いたのはチェックインリミットぎりぎり

f:id:owari-nagoya55:20191016005744j:plain当然食事も一番最後、土肥温泉に浸かり、湯上りのビールをひっかけ、かみさんと夕涼みに
黄昏時の海岸を眺めながらの夕散歩

f:id:owari-nagoya55:20191016005753j:plain時間を潰してホテルに戻り晩御飯です
若い頃と違い食も細くなりメインは刺身と酒、これだけあればおやじは満足ゝ
肉ゝ星人のかみさんには海辺の旅館は物足りないかもしれない
温泉にも入って、おなかも満たされ部屋で二次会ゝ・・・・・速攻で爆睡

人は歳と共に目覚めが早くなるのは事実です
翌朝は当然ながら早朝に目が覚める、ホテル周辺を散策する事に

f:id:owari-nagoya55:20191016005804j:plainその際に見かけた「稲宮神社」へ立ち寄ってみました
国道146号線から少し東に入った場所で、山を背に海に向かって鎮座します

f:id:owari-nagoya55:20191016005821j:plain石鳥居に架けられた稲宮の扁額、その先に祠が二つ

f:id:owari-nagoya55:20191016005832j:plain切妻の小さな祠
手前が本殿で右は天王社の様です、見た感じで天王社の祠は最近立て替えられたと思われます

f:id:owari-nagoya55:20191016005843j:plain鳥居正面の本殿

f:id:owari-nagoya55:20191016005857j:plain右の天王社本殿

主祭神は食物の神様と云われる豊受比賣命、右の天王社は牛頭天皇
稲宮神社は屋形地区の鎮守で、いつ頃創建されたものか良くわからないけれど
南北朝時代の「伊豆国神階帳」に「従四位上いなみやひめの明神」と記載が残り見た目以上に創建は古いようです

元はこの地の水口家の氏神から始まったと云われます
ただ、古い記録には1854年(嘉永7)の安政東海地震による大津波によって伽藍は流出してしまった様です
現在の伽藍はその後に再建されたもの

三方に山が迫り、西に海と接した扇状地の土肥、現在は国道と温泉宿、民家が立ち並ぶ街並みですが
社名の稲が示す様に、古くは神社と海岸の間は水田だったそうです
室町時代中期のこの地では既にぬるい温泉が自噴していたようです
水口正入道の頃、この温水を田に導き、それにより育てられた稲の生育は何処よりも早く、旧六月には収穫できたと云われます
収穫された米は御新米として徳川将軍家に献納され、1874年(明治7)に廃止されるまで上納の儀として献上されたようで、境内には新米献上の碑が残りそのことを伝えています

f:id:owari-nagoya55:20191016005909j:plain境内右に石の祠がありますが詳しい事は分かりません

f:id:owari-nagoya55:20191016005923j:plain境内の左側から山に続く石段、その途中に小さな社があります
津波の際はここが避難ルートになるのでしょう

f:id:owari-nagoya55:20191016005935j:plain額はなく社号は分かりません、中のお札には天照皇大神宮と書かれている

f:id:owari-nagoya55:20191016005948j:plain祠の左に小さな石の祠と赤い帽子と羽織を着せられた女性の石像が安置されています
こちらも解説板はなく詳細は不明

f:id:owari-nagoya55:20191016005957j:plainこの祠から土肥湊の眺め、手前右は境内に建つ屋形区公民館
こちらで尋ねると全てが分かるのかもしれません
稲宮神社
創建等詳細不明
住所 / ​静岡県伊豆市土肥2833
祭神 / 豊受比賣命


神社から北に歩いた土肥金山

f:id:owari-nagoya55:20191016010010j:plain北条氏や徳川幕府の財源を潤した金山、昭和40年まで実際に採掘されていたようですが
採算が取れず廃坑となり、現在は観光坑道と250kgの金塊が展示されているようです

早朝なので静かなものです

f:id:owari-nagoya55:20191016010020j:plainここで見かけた伊豆半島の成り立ちを纏めた解説板
急峻な山々に囲まれ、温泉の恵みと金・銀の鉱物資源、そして豊かな海の恵み
ダイナミックな大地の営みは今も動いている事が伝わってきます
住所 / ​静岡県伊豆市土肥2833

この近隣にもう一つ金山があります

f:id:owari-nagoya55:20191016010031j:plain
「龕附(がんつき)天正金鉱」がそれで、1557年(天正5)に伊豆最初の手掘りの金山として開発されたもの
伊豆市指定文化財になっています

f:id:owari-nagoya55:20191016010040j:plain竹が生い茂る小高い山に掘られた横坑の全長は60㍍と云われ、坑道の最深部に祀られた幸福をもたらす山の神が「がん」と呼ばれ「龕附天正金鉱」はそこからきているようです
内部は・・・・・真っ暗
住所 /  ​静岡県伊豆市土肥2851

足湯黄金の湯

f:id:owari-nagoya55:20191016010051j:plain土肥の中心を流れる山川の左岸にある足湯
土肥温泉の起源は、山川の対岸にある安楽寺境内の「まぶ湯」を発見年としているようです
その発見年は1611年(慶長15)であったり、1673年(延宝年間)など定かではありません
初めての土肥の湯は、硫黄臭等の臭気のない無色透明でさらっとした湯
かみさんを悩ませている50肩には効能があるようです

世界一の花時計と馬頭観世音菩薩

f:id:owari-nagoya55:20191016010100j:plain山川の左岸の松原公園内北側にあり、平成3年に完成した直径31㍍の世界一の花時計
その大きさはギネスにも認定された様です
文字盤の周囲には四季を彩る花が植えられ、時刻が見やすい様に展望台も設けられています

馬頭観世音菩薩

f:id:owari-nagoya55:20191016010110j:plain花時計の西側の松林の傍らの小さな堂
内部には複数の石造が祀られています
年代は不明で表面は風化が進み輪郭が分かりませんが、中央が馬頭観音の様に見えます

足湯黄金の湯・世界一の花時計・馬頭観音
住所 /  ​静岡県伊豆市土肥2657-6

静岡県伊豆市土肥、初めて宿泊しましたが古い寺社も多々あり、温泉や海の幸に恵まれたいい所です