「忠魂社」

名古屋市北区味鋺1丁目

f:id:owari-nagoya55:20191120110610j:plain 西八龍社から北へ2本目の通り沿いに鎮座する「忠魂社」

f:id:owari-nagoya55:20191120110619j:plain 静かな杜に包まれた忠魂社

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 名が記す通りです
明治維新以降の日清、日露戦争や事変、先の戦争に出征し国の為に帰らぬ人となった地域出身の兵士の霊を祀るために建てられたもの

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f:id:owari-nagoya55:20191120110810j:plain戦後、敗戦国となり上陸した占領軍はこうした社や忠魂碑を単なる慰霊碑として見なさず、国家主義軍国主義的の意識を煽るものと捉え、各地にあったものをかなりの数排除させたそうです
広い意味では天皇に忠義を誓い、それを果たしていかれたのは事実

個人的に、こうしたものが国家主義軍国主義につながるのか?
同じ立場で出征に直面したとする、その時に思うのは狭い意味で「愛する家族と故郷のため」それ以外に何かあるのだろうか

神社境内などに残る慰霊碑を見ていつも考える、そして「ありがとうございます」と拝む事にしている
ここは願いをする場ではなく、故郷の家族の元で静かに眠る方々への感謝を伝える場だと解釈しています

「忠魂社」
住所 / 名古屋市北区味鋺1丁目

きっと桜も見たかっただろう、前夜祭も楽しみたかっただろう、大河ドラマも見たかったことだろう
evidenceを示せばそれでclose、出来なければ退場、極めてシンプル
他に目を向ける事があるだろうに
あまりにも一見平和な時代を過ごせる事に感謝しかない