かみさんの知多四国八十八ヶ所霊場を巡る送迎で知多郡南知多町山海を訪れました。
今頃は弘法大師を訪ね、微妙なアップダウンが続く道筋を歩いているはず。
運転手のおやじは、国道247号線沿線の山海に来ています。
山海漁港から北の小高い山の頂、そこに建つ赤い鳥居が視界に入り向かってみました。
鳥居を目標に車を走らせる。
山裾に巨大な「荒熊神社」の看板が、神社へは結構な上りが続くようです。
駐車場は海岸の国道247号線から一本北に入った所に参拝者駐車場がありそちらへ駐車。
駐車場には看板が整備され参拝口はそこから2~3分程。
小高い山の裾野に写真の看板が建っています。
そこから舗装された参道が頂に向かい続いています。
入口の杖に嫌な予感もします。
参道は右に続き、登り始めると山海の街並みとその先に伊勢湾が視界に広がります。
ここからは眺望を眺めながらの「石段」が続きます。
石段を数えながら登るも、奉納鳥居が連なる辺りで「あれ?何段だっけ?・・・・・」もう忘れた。
石段の数は分からなくなったけれど、奉納鳥居を少し登った参道左に二体のお地蔵様が祀られていました。
右のお地蔵様は「おきょうさま」と呼ばれる地蔵、以下のような由来が掲げられています。
「昔、山海高座におきょうさまと呼ばれるお坊様がおられました。この方は山海の家々をまわられ病気や災難を除かれて、村人を助けながら千体の経文を石に書かれて世を去りその後に、土浪地蔵尊とともに祀られました。時代の変化とともに忘れられ六十八年も土の中に埋まっていました。今回、世に出すことができ、神社に祀ることになりました。一心に水と線香を供えてお参りください。病気平癒に不思議なご利益を頂けます。」
左は土浪地蔵尊
「水子や十歳にもならない幼子をお守りくださる地蔵尊です」
お地蔵様から少し先に「荒熊神社」大きな看板、麓から見えていたものです。
この辺りから南の眺望、陽光に輝く伊勢湾が広がり、遠く紀伊半島、神島、渥美半島が眺められます。
手前に山海漁港、山海の街並みと参拝駐車場が眼下に見えます。
普段街中の短い距離に慣れてしまった目には、こうして遠景を眺めるのも時には必要なのかもしれません。見える景色が妙に新鮮なものに感じます。
視線を近くに戻し頂の境内を目指します。
赤い鳥居を三回程くぐり石段を上がっていきます。
最後の鳥居をくぐった先に赤い建物が見えてきます、これで石段も終わり。
見えていた赤い建物は手水舎、山の頂にありながら龍口から清水が注がれていました。
石段突き当りに社務所がありますが、常駐ではないようです。
社務所から参道は右に、朱も鮮やかな鳥居とその先に拝殿。
拝殿全景。
「荒熊大神」の額が掛けられています。
拝殿内に上がって参拝ができるようです。
拝殿内全景
荒熊神社
「由来 荒熊大神は伏見稲荷大社奥の宮の熊鷹池に鎮座する熊鷹大神の霊場で修行を積み、人は因縁、自我、霊の災いなどによって苦しみ、悩むものが多く、それに哀れみを思い大正5年に修験者に着いて90年余り助け、救おうと現れた神。 祈願目、縁結び、家内安全、病気平癒、交通安全、大漁、進学成就。」
ぽっくり弘法大師
「年代は古くて定かではないが、お大師様を信仰していたお年寄りたちが、苦しみもなく楽往生したことが人づてに伝えられて、それが名の由来。」
こちらのお守りを身に着けると、苦しむことなく寿命を全うできるとして参拝に訪れる方は多いようです。
麓の弘法大師館でお守り、御朱印を頂けるようです。
不動明王
「不動明王は、厳しいけれども心を入れ替え精進する者に対して、救済の手を差し伸べる慈愛に満ちた明王です。(ご利益)交通安全・家内安全・商売繁盛・病気平癒など。」
本殿祭神 / 荒熊大神、熊鷹大神、長者合槌命
山の頂ということもあり境内は広いとは言えませんが、限られたスペースに社殿と別社が建てられています。
拝殿右の「縁を結ぶ椿」
「心をこめ鈴を鳴らし祈願することで縁は結ばれる」ようで、おみくじ掛けには無数のおみくじが結ばれていました。
本殿右の傾斜地に三社が祀られ、神域は赤い玉垣が囲います。
手前に霊神社と記されています。
左と右手前の社は表記が読み取れず祭神は不明。
右奥の社の祭神は弘安霊神、仲見大神、御興津彦大神、 御式大神、弘明之命。
拝殿左に山神。
拝殿左奥にも社。祭神は翁大神、緒畑大神。
山海の山の頂から伊勢湾を望み、自然に囲まれた静寂な空間は清々しいものを感じさせてくれます。
せっかく登ってきたのです、ベンチに腰掛け目の前の伊勢湾の眺めと青い空を楽しんでから下山することにしました。
2020/1/18
「荒熊神社」
創建 / 不明 (明治末期~大正初期)
祭神 / 荒熊大神、熊鷹大神、長者合槌命
住所 / 知多郡南知多町山海高座1
車・アクセス / 知多半島道路「南知多IC」から内海経由20分程