大隅國一之宮  鹿児島神宮

鹿児島空港からほど近く、日豊本線隼人駅から北に約1㌔に鎮座する大隅國一之宮 鹿児島神宮
この地に来て最初に訪れた神社。

f:id:owari-nagoya55:20210108175011j:plainニノ鳥居から一ノ鳥居方向の眺め。
付近には駐車余地もなく、この絵では分かりにくいけれど、笠木の上に瓦が葺かれた朱塗りの両部鳥居。
境内までは長い参道が続きます。

f:id:owari-nagoya55:20210108175033j:plainニノ鳥居手前の「三之杜」
以前は豊姫命 / 磯良命、武甕槌命 / 經津主命、火闌降命 / 大隅命を祀る三社があったようですが、訪れた時には手前の二社のみ、右奥には基礎だけが残った「ニノ社」となっていました。

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 神明鳥居のニノ鳥居。
参道の左右が駐車場、社殿から遠くなりますがこちらに駐車し参道を進みます。

f:id:owari-nagoya55:20210108175125j:plain 奉納木馬
参道右側に昭和18年に奉納されたもので、先に掲載した照島神社の鈴掛馬に通じるもの。
旧正月18日、神馬を先頭に複数の鈴掛馬が人馬一体となり踊りながら参拝する初午祭が奉納される。

f:id:owari-nagoya55:20210108175144j:plain 大隅國一之宮 鹿児島神宮案内
鎮座地 / 鹿児島県霧島市隼人町
御祭神 / 天津日高彦穂穂出見尊(山幸彦)、豊玉比売命
相殿神 / 帯中比子尊(仲哀天皇)、息長帯比売命(神功皇后)、品陀和気尊(応神天皇)、中比売尊(仲姫命)

f:id:owari-nagoya55:20210108175205j:plain宮内原用水路に架かる神橋
緩やかに続く石段の手前に御門神社が祀られている。

f:id:owari-nagoya55:20210108175225j:plain 左か櫛磐窓命、右に豊磐窓命を祀る。
この左に馬名「清嵐」と呼ばれる白馬がいる神馬舎があるが、生憎姿を見る事は出来なかった。

f:id:owari-nagoya55:20210108175244j:plainこの石段から楠木の巨木などが聳える杜が迫る。

f:id:owari-nagoya55:20210108175305j:plain 一つ目の石段を登ると右に一際大きな楠木の御神木が聳え、手前に社がある。

f:id:owari-nagoya55:20210108175326j:plain 朱塗りで流造の「雨の杜」
祭神は豊玉比古命を祀る。

f:id:owari-nagoya55:20210108175351j:plainこの楠木の御神木は建久年間に植樹されたもので樹齢は800年以上という。

f:id:owari-nagoya55:20210108175415j:plain 二つ目の石段の先に社殿が見えてきます。

f:id:owari-nagoya55:20210108175436j:plain 境内の眺め。
参道左が手水舎で右手に社殿が広がります。

f:id:owari-nagoya55:20210108175457j:plain 手水舎全景。
朱が塗られた切妻の手水舎で、柱は黒漆で縁取られ欄間や蟇股にも彩色が施され手が込んだ造り。

手水鉢の龍口も特徴があるもの。
covid19対策でしょう、現在はセンサーが人を感知すると複数のノズルから清水が自動で流れるものになっています。これが定番の世になるのか、龍本来の仕事ができる日が訪れるのか、しばらくはお休みです。

f:id:owari-nagoya55:20210108175518j:plain 大隅国一之宮 国分正八幡 鹿児島神宮由緒概要
以下は一部抜粋
由緒概要 / 創祀は皇孫神武天皇の御代なりと伝えらる。農耕畜産漁猟のみちを指導し民生安定の基礎を創り給うた。
俗に大隅正八幡とも称し全国正八幡の本宮でもある。
延喜の制(901年)には大社に列し、大隅一ノ宮として朝野の祟敬篤く建久年間(1198年)には社領2500余町歩に及べり。明治4年国幣中社、同7年神宮号宣下官幣中社、同28年官幣大社に夫々列格す。
昭和天皇陛下の行幸勅使皇族の御参拝は二十余度に及ぶ。
現社殿は宝暦六年(1756年)島津重幸公(24代)の造営なり。
御陵 / 高屋山稜と称し当宮より西北へ約十三粁 空港に近い

本殿域以外にも稲荷社、卑弥子神社など鎮座し懐が広く、すべて参拝したいところですが時間に余裕がないと回り切れないのかもしれない。

f:id:owari-nagoya55:20210108175538j:plain 手前の勅使殿、拝殿、本殿が南向きに一列に連なる伽藍。
勅使殿右の石段から拝殿に出ることが出来ます。

f:id:owari-nagoya55:20210108175559j:plain 「龍宮の亀石」
勅使殿の右にあり、亀の甲羅に似た自然石。参拝前にこの石を撫でると願いも叶いやすいという。

f:id:owari-nagoya55:20210108175627j:plain 勅使殿右の県指定有形文化財の解説
鹿児島神宮本殿・拝殿・勅使殿
鹿児島神宮本殿は、宝暦六年(西暦一七五六年)島津重豪によって再建されたとされ、県内最大の木造建造物として文化財的価値が高いため、鹿児島県より有形文化財(建造物)として指定される。
・本殿の構造は柱間が正面七間、側面四間の入母屋造りで、正面に前室を設けてあります。本殿の壁画は薩摩藩の画家、木村探元の筆になると伝えられています。
・本殿につながる拝殿は縦長で、天井の格子には、花や野菜等が色彩豊かに描かれています。
勅使殿は神殿社殿の入口に位置し、天皇から幣帛を託された勅使をお迎えする所として作られています。

f:id:owari-nagoya55:20210108175657j:plain 唐破風向拝の施された勅使殿全景。

f:id:owari-nagoya55:20210108175719j:plain 勅使殿扁額。
社殿は朱塗りで柱には手水舎同様に黒漆で縁取られ、蟇股も彩色が施されるなど、落ち着いた外見に対し華やかな一面もあります。

f:id:owari-nagoya55:20210108175740j:plain 拝殿の格子天井には緻密に描かれた植物が描かれています。

f:id:owari-nagoya55:20210108175759j:plain 拝殿両脇の柱には龍の彫りが施され、こちらも鮮やかに彩色されています。

f:id:owari-nagoya55:20210108175822j:plain 千鳥破風の付く拝殿から本殿の眺め、本殿は檜皮葺の入母屋造。
拝殿内部から想像できない程外観は落ち着いた佇まいをしている。

f:id:owari-nagoya55:20210108175845j:plain 拝殿右に銅板葺で朱塗りの流造の社が「四所神社」、屋根には外削ぎの千木と3本の鰹木が施されている。
祭神は大雀命、石姫命、荒田郎女、根鳥命。

f:id:owari-nagoya55:20210108175909j:plain 木鼻、斗栱などこちらも手間をかけた彫や彩色が施されています。

f:id:owari-nagoya55:20210108175931j:plain 「四所神社」の斜め向かいに拝殿方向を向いて二社が鎮座しています。
左が「式内神社」で祭神は武内宿禰を祀ります。

f:id:owari-nagoya55:20210108175952j:plainその右が「隼風神社」
一連の社と同様の作りでひと回り小ぶりな一間流造の社。
御祭神は日本武尊

f:id:owari-nagoya55:20210108180018j:plain 左は四所神社後方から本殿後方の眺め。

f:id:owari-nagoya55:20210108180038j:plain 本殿後方に末社の稲荷神社に続く参道が杜の奥へ続いているようで、神社案内ではここからでも結構あるようなので参拝は見送りました。

f:id:owari-nagoya55:20210108180059j:plain 振り返って四所神社と式内神社方向を眺める。
この下側にも駐車場があり、石段を避け一気にここまで来れるようです。
楽ちんではあるけれど、それもどんなもんだかね。
一ノ宮を参拝し御朱印を頂くことに注力するかみさんからすれば、本音はここまで車で来たかったのではないだろうか。

f:id:owari-nagoya55:20210108180122j:plain 鹿児島初日、最初の神社から既に計画から遅れを生じさせてしまったようです。
このうえ一ノ鳥居まで行ってくるとはなかなか言えまい。

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 大隅國一之宮  鹿児島神宮 
創建 / 不明
祭神 / 彦火火出見尊、豊玉比売命
相殿神 / 仲哀天皇仲哀天皇応神天皇応神天皇皇后
住所 / ​鹿児島県霧島市隼人町見次内 24961