富山県砺波市の越中國一之宮高瀬神社を後にして、射水市内のラーメン屋を目指す。
土地勘もなく当然のように道に迷う、今回はその時に出逢った「黒河神社」を掲載します。
西に古矢部川と庄川が流れ、東に神通川と石川や岐阜を源にする大きな河川が作り出した平野には水田が広がる、「黒河神社」は庄川と神通川の中間にあたる射水平野に鎮座します。
20~30分も走れば富山湾も間近。
神社南側の丘陵地は宅地化され、北側に水田が多くみられる。
ニノ鳥居から境内の眺め。
帰り際に気付いた事だけどこの手前には一ノ鳥居と社号標がありました。
南向きに鳥居を構える社地は広大そのもの、外周は綺麗な玉垣で囲われ、社殿を杉(?)の杜が取り囲む。
近くに保育園があるようで境内は彼らのお散歩コース、境内ではちびっこ達が走り回り先生も大変だ。
そんな中お邪魔する格好になった。
ニノ鳥居は石の明神鳥居で額は「黒河神社」とある。
この辺りの地名は射水市黒河、この神社から来た地名なのか、地名から来た社名なのかは分からないけれど、この一帯で崇敬されてきた神社。
境内は桜も多々あり、時期になると境内が桜で彩られる事だろう。
訪れたのが3月23日、流石に桜の花には早いけれど、蕾はしっかり膨らんでいた。
鳥居手前の狛犬。
やけに大きな球に乗りかかる様は座っている姿よりも躍動感があっていいかもしれない。
肉付きも良く逞しさが現れている。
子供達が走り回る合間を縫って拝殿の全景。
入母屋妻入りで向拝を持つ拝殿は堂々としたもので、過度な飾りはない。
境内左から眺める社殿。
正面からは見えなかったけれど、左右に千鳥破風が付く凝った造り。
軒下は全て透明のパネルで覆われ、ガラス張りのように見える。
手水舎、手水鉢があるも張られていなかった。
高床式の拝殿。
パネルが輝き、まるでサンルームのようだ。
拝殿甍覆と千木、男神?、女神?
あまり見た事のない削ぎ、何と云うのだろう。
外観同様、木の質感を生かしたシンプルな拝殿額。
参拝。
境内には由緒書きが見当たらず、詳細は不明。
主祭神は天照皇大神,豊受大神,加茂建角身神(下神神社の祭神)
黒河神社は古くからこの地に鎮座していた「神明社」が改称したもののようです。
明治から大正にかけて近隣に鎮座した加茂社や神明社を合祀して昭和に入ってから現在の「黒河神社」に改称されたようです。
拝殿右から本殿方向の眺め。
拝殿と幣殿が一体になった複合社殿のように見えます、本殿は流造のようです。
本殿。
こちらも陽光を反射し光り輝くパネルで覆われています。
本殿前を小ぶりな狛犬が守護しています。
小ぶりながら後ろ足を延ばし、前足は両手で大きな球を抑え込み、尾は真っすぐ上に立っています。
なかなかこの姿勢、格好いいかもしれない。
本殿から拝殿方向の眺め。
参拝を終え、車に戻る際に前方に一ノ鳥居がある事に気づく。
鳥居の右には古い社号標があり「村社神明社」とあった。
こちらの神社で8月第4土曜日に行われる「黒河夜高祭り」は射水市の指定文化財に指定されているようで、黒河神社の一帯の道路を歩行者専用にして、多くのぼんぼりや提灯を掲げ練り歩き、他にも様々な行事が執り行われ賑わうそうだ。
江戸時代から伝わるとされ、お囃子のなか、子ども達は行灯を持ち、無病息災・豊作を祈願し町内を練り歩くものだそうだ。
そうした伝統もあり、境内を走り回っている園児達は「黒河神社」を身近に感じていくのかもしれない。
私たちが参拝を終え立ち去る時、彼らも園に戻る時間だったのだろう、先生と園児がそろって拝殿に向かいお辞儀をして帰る光景を見た、この子達が伝統を受け継いでいってくれるのだろう。
子供の姿がない神社は妙に寂しいものがある。
2021/3/23
「黒河神社」
創建 / 不明
主祭神 / 天照皇大神,豊受大神,加茂建角身神
所在地 / 富山県射水市黒河3861
関連記事 /
高瀬神社からアクセス / 北陸自動車道砺波ICから小杉IC⇒県道367号線⇒県道31号線経由約40分程