名古屋市瑞穂区「西八幡社」

北條八幡社の鎮座する瑞穂区丸根町。
そこから緩やかに下っていく事2~3分程、右手の小高い丘陵地に緑豊かな一画が視界に入ってきます。
この辺りは住宅地が広がる静かな環境、道路は一方通行が多く、車は直線的に高速で走れないよう、歩道が工夫されている。
通学路、時間進入禁止、一旦停止や徐行無視の車が吹っ飛んでいく我が町から見ると羨ましく感じる道路事情だ。

f:id:owari-nagoya55:20211002131034j:plain瑞穂区軍水町「西八幡社」はそうした環境の住宅地にあり、参拝者駐車場はありません。 
社頭は天白川に向いて緩やかな傾斜が続く南側にあり、三つの鳥居を構え、社地北側に脇参道がある。

f:id:owari-nagoya55:20211002131049j:plain社頭全景。
右に社号標「村社 西八幡社」、一ノ鳥居から緩やかな石段が続く。

f:id:owari-nagoya55:20211002131107j:plain狛犬が守護するニノ鳥居。
「緩やかな石段」が続く参道は趣があって個人的に好きな光景の一つ。

f:id:owari-nagoya55:20211002131128j:plainニノ鳥居の守護担当。
鳥居左に手水舎があり、境内は右にも広がりを持っている。

f:id:owari-nagoya55:20211002131144j:plain手水舎、手水鉢。
こちらの龍もお休みだ。
全国一律の緊急事態宣言解除を受け、彼らが再び活躍するのはいつの事だろうか。

f:id:owari-nagoya55:20211002131207j:plain三ノ鳥居は神明鳥。
杜は楠木が主で大きく伸びた枝は上空を覆う、この町のシンボルツリーと云っても良いかもしれない。
境内は鬱蒼とした暗い環境ではなく、日差しや風も通り明るく心地の良い境内。

f:id:owari-nagoya55:20211002131223j:plain三ノ鳥居から拝殿全景。
こちらにも狛犬が奉納されている。
社殿域は左右に広がり、右奥の宝倉寺に境内が繋がっています。
拝殿は瓦葺入母屋造の平入拝殿で額は掛けられていない。

f:id:owari-nagoya55:20211002131240j:plain拝殿から幣殿、本殿方向の眺め。
梁上部から大きな龍がこちらを睨んでいる。

f:id:owari-nagoya55:20211002131255j:plain本殿前の狛犬は個性的なもの。
鈍く光り輝く平滑な表面から陶器製と思われ、彫とは違う柔らかなフォルムで、奥の角付きの阿形の表情は凛々しく、視線はこちらを睨んでいるようである。一目ぼれだ。

f:id:owari-nagoya55:20211002131310j:plain拝殿右の「西八幡社由緒」
御祭神
本社 応神天皇
末社 秋葉神社 / 軻遇突智神、西山神社 / 大山祇命、金刀比羅社 / 大物主命、多賀神社 / 伊邪那岐神伊邪那美神
創建 
創建年代不詳、文化三年(西暦一八〇八年)七月に本殿再建の棟札がある。

棟札、最近の工場で作るような家に棟札が付くのか知らないけれど、子供の頃の事、天井裏を探検した時に文字の書かれた謎の木札が打ち付けられていたのを思い出す。
上棟式の際に天井裏に取り付けられる家の履歴書みたいな木札。

古いものは建て壊し、全てリセットしてしまえばいい、以前は補修や改築などの際にはその都度神事が行われ、こうした札が増えて行った。
最近はそうした神事もハウスメーカーに一任だったり、場合によっては神事はしない事もあると聞く。
寺であれば檀家減少、墓じまいなど、小さな寺社にとっては維持管理は厳しくなり荒廃していく。
世の中の流れと云ってしまえばそれまでだけれど、そうした寺社の中にも新たな試みをするところもある。それも時流なのだ。

f:id:owari-nagoya55:20211002131329j:plain本殿後方の中根山宝蔵寺、曹洞宗のお寺で、1534年(天文12)に創建された寺。
熱田の円通寺の末寺で、境内には弘法大師を祀った弘法堂と西側には地蔵堂がある。
境内に1829年(文政12)と刻まれた宝篋印塔がある。
現在の伽藍と2015年(平成23)に改装されたものという。
境内に車。

f:id:owari-nagoya55:20211002131348j:plain本殿後方から社殿全景。
流造の本殿両脇に複数の社があり、写真右手に秋葉神社、西山神社。
左手に金刀比羅社、多賀神社。

ここにも車。

f:id:owari-nagoya55:20211002131411j:plain本殿後方の宝蔵寺本堂(上)と弘法堂、左に宝篋印塔。

f:id:owari-nagoya55:20211002131434j:plain弘法堂左から社殿の眺め。
これが北側の脇参道、こちらからだと石段を上ることなく拝殿に進めます。
鳥居の手前はスロープになっていて社地北側の生活道路に接しています。
境内の車はこちらから入ってきたようだが、参拝者が利用していいかはわかりません。

f:id:owari-nagoya55:20211002131453j:plain北側道路から宝蔵寺の眺め、お城の様な石垣の上に建つ。
下は道路から見る境内入口。
道路右側が西八幡社社務所と仁所(にしょ)公民館がある。

中根銅鐸発見地の解説板。
「この銅鐸は明治三年(1870)二月、農業丹羽利吉が、この付近の道路改修工事中に発見したもので、高さ83.2センチ、袈裟襷文で六つに区画された中を、三段ずつの連続渦巻文で飾り、
中央縦帯には凸線の両側に雷文を並べた施文が特色である。
現在、兵庫県辰馬考古資料館が所蔵していて国の重要文化財に指定されている」

この看板から200㍍程西で発見された様で、一点だけではなく複数発見されたようです。
この高台は古くから人が住んでいた、地理的に安定した場所だったのが分かります。

f:id:owari-nagoya55:20211002131509j:plain脇参道の鳥居から境内の本殿を眺める。
橘が社紋の様です。

f:id:owari-nagoya55:20211002131526j:plain三ノ鳥居から天白川方向の街並みの眺め。
家並みが広がる現在ですが、遥か昔は海岸線が広がっていたとは。

f:id:owari-nagoya55:20211002131542j:plain西八幡社、中根集落の発展に伴い、東と西に分かれ、西に祀られた氏神様がここ西八幡社。
西があれば東もある、社頭から西の交差点から右に進み、東の氏神様に向かいます。
2021/9/13

「西八幡社」
創建 / 不明
祭神 / 応神天皇
境内末社 / 秋葉神社・西山神社・金刀比羅社・多賀神社
所在地 / 名古屋市瑞穂区軍水町3-1
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北條八幡社から徒歩ルート / ​道なりに2~3分程下った右側