「熊野社」 名古屋市守山区大永寺町

名古屋市守山区大永寺町「熊野社」
町名の由来はここから少し西に鎮座する曹洞宗の寺院「寿昌山大永寺」から来ている。
山門脇の枝垂れ桜が綺麗な寺でこれからの時期楽しみな場所。

熊野社は大永寺から徒歩で2分程東に鎮座し、直ぐ東にゆとりーとラインの高架が聳え立つ。
過去に何度か訪れていますが、「熊野社」単独で取り上げていなかったようなので今回の再訪となりました。

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上は明治初めの当地とほぼ現在の地図の比較。
ゆとりーとライン川宮駅から南西5分程に鎮座し、南北に長い社地に二城消防団詰所、大永寺公民館、天王社が区画を共にし、この町のコミュニティーの中心。

f:id:owari-nagoya55:20220310130154j:plain熊野社社頭全景。
消防団詰所の存在感が大きいけれど、その奥に杜と鳥居が見える。
周囲は一部玉垣で囲まれていますが、社頭に鳥居や社号標はない。
鳥居は境内の中ほどに建ち、その脇に社号標が建っています。

f:id:owari-nagoya55:20220310130216j:plain境内中程から鳥居と社殿の眺め。
明神鳥居と拝殿後方に見事な巨樹が聳えている。
過去訪れた時と印象に違いはないようだ。

f:id:owari-nagoya55:20220310130237j:plain常夜灯の後方に社号標と鳥居を構え、その先に切妻瓦葺の妻入り拝殿。
鳥居は1971年(昭和46)建之のもの。

f:id:owari-nagoya55:20220310130255j:plain社殿全景。
本殿周囲は巨樹の木陰に包まれています。

f:id:owari-nagoya55:20220310130315j:plain熊野社拝殿。
最後の参拝が2017年、社殿全体は当時と比べても大きな傷みはなく、綺麗に手入れされた境内も当時の印象と変わっていない。

f:id:owari-nagoya55:20220310130333j:plain拝殿額「熊野社」
シンプルな外観の拝殿ですが、一部の金色の飾り金具や懸魚の鰭に施された彫など、さり気無い拘りが感じられます。
熊野社の創建は古く1617年(元和3)、名古屋城築城普請奉行の岡田善同が名古屋城築城時の余材でこの地に大永寺を移転、その際に熊野三山から勧請を受け熊野社が創建されたという。

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大永寺は尾張名所図会に挿絵も残るが、東隣りの熊野社までは描かれていなかった。

f:id:owari-nagoya55:20220310130415j:plain拝殿から本殿方向の眺め。
本殿域は石垣が高く積まれ、その上に台座が作られ社が祀られている。
神域全体を杜が包み込み、昼とはいえ薄暗い空間。
本殿域の右に複数の境内社と石像が安置され、本殿左にも一社祀られています。

f:id:owari-nagoya55:20220310130434j:plain本殿前の狛犬は1929年(昭和4)

f:id:owari-nagoya55:20220310130455j:plain覆屋下の本殿と左右に境内社の姿がある。

f:id:owari-nagoya55:20220310130513j:plain薄暗い覆屋の下、強烈な外光の中に神々しく浮かび上がる一間社流造の本殿。
祭神は伊邪那岐命伊邪那美命、速須佐之男命。

f:id:owari-nagoya55:20220310130533j:plain本殿右の境内社と御嶽講の石像群。
覚明霊神の石柱や役行者、赤い火炎の不動像。

f:id:owari-nagoya55:20220310130551j:plain石像群後方に板宮造りの三社、左から神明社 津島社、八幡社。

f:id:owari-nagoya55:20220310130611j:plain本殿域左の境内社へ参拝に向かう。

f:id:owari-nagoya55:20220310130631j:plain本殿を斜めから見る。
逆光でよく分からなかった脇障子の存在や木鼻の彫、虹梁の滑らかな曲線が見えてくる。

f:id:owari-nagoya55:20220310130651j:plain左の境内社、御鍬社、御塚社の相殿。

後方左に見える赤い社は大永寺町の天王社。
拝殿左の参道から天王社へ繋がっています。

f:id:owari-nagoya55:20220310130711j:plain右の本殿域の高さの高い事、本殿は更に一段積まれた上にある。
社頭から境内は平坦だったので、こうして見ると庄内川に向けて僅かに傾斜しているようです。
川の氾濫を考慮した水屋造りと云ってもいいのかな。
水屋造りの面影が残る住宅は今も近隣で見ることが出来る。

f:id:owari-nagoya55:20220310130733j:plain見上げるほどの高さにある本殿域。

f:id:owari-nagoya55:20220310130752j:plain大永寺町の天王社。
熊野社の境内社として一緒に挙げていいものか悩むところですが併せて掲載します。

f:id:owari-nagoya55:20220310130812j:plain外観は周辺で見かける天王社の姿を踏襲するもの。
赤く塗られた覆屋、その中に祀られる赤い社と鳥居。
大永寺町の厄難災除として祀られたものですが、その時期は定かにはならない。
創建 / 不明
祭神 / 速須佐之男命(牛頭天王)

f:id:owari-nagoya55:20220310130832j:plain天王社へは道路沿いからも容易に参拝できます。
ここが入口とすると少し足元が悪い、やはり熊野社から訪れるのが正しいのか。

f:id:owari-nagoya55:20220310130851j:plain熊野社西側から本殿域側面の眺め。
一抱えも二抱えもあるような楠の巨木、町のシンボルツリーと云ってもいいほど。

大永寺町 熊野社
創建 / 1617年(元和3)頃
祭神 / 伊邪那岐命伊邪那美命、速須佐之男
境内社 / 神明社 津島社、八幡社、御鍬社、御塚社
所在地 / ​名古屋市守山区大永寺町256​

大永寺町 天王社
創建 / 不明
祭神 / 速須佐之男命(牛頭天王)


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