名古屋市中区新栄 「洞雲山 正福寺、大杉大神」

3/17、一足早い桜を見に東区泉を訪れた。
中区新栄あたりでお寺の前を通りかかり立ち寄ってみた。
「洞雲山 正福寺」

f:id:owari-nagoya55:20220417205026j:plain四角いビルの谷間に埋もれるように佇むお寺に目が止まった、というよりビジネス街に立つ「大杉大神」の鳥居が目に止まった、その方が正解かもしれない。
上は正福寺と大杉大神の全景。

f:id:owari-nagoya55:20220417205044j:plainビルの谷間に鎮座する正福寺、ビル化して寺号標は立っているがどこにあるの?
そんな寺院も多い中、上に伸びる事無く瓦葺の本堂が建っている。

寒桜が綺麗だった泉から正福寺周辺にかけて、道すがらには多くの寺院が密集しています。
その昔、尾張の軍事、経済ともに清州城を中心に回っていた。
後の1612年(慶長17)頃から1616年(元和2)、家康により新たな街造りの中心を清州から名古屋へ機能移転する遷府(清州越し)が行われ、名古屋城の東にあたるこの辺り一帯は寺院を集約した寺町として計画されました。

f:id:owari-nagoya55:20220417205108j:plain寺はある意味で城と城下を守るための戦略的な拠点でもあります。
上は明治24年頃とほぼ現在の地図、これだけの範囲に実に多くの寺院が配されています。
左を見ると碁盤の目に整備された城下街の外れに寺院が集約されている事がよく分かります。

f:id:owari-nagoya55:20220417205200j:plain正福寺と大杉大神について調べて見ると幾つかの記述が見つかった。

f:id:owari-nagoya55:20220417205220j:plain

尾張誌「正福寺」
法華寺町南にあり、洞雲山と号す永安寺の末寺。
・僧侶 永察が建立、清須にあったが慶長年中(1596~1615)この地に移された。
観音堂弘法大師作と伝わる十一面観音の像を安置する。

尾張名陽図会「正福寺」にも類似の記述がある。
・むかし清州にあり、貞享年中(1684~1688)今の所にうつる。
・元禄年中(1688~1704)より、堂宇を取立し里引越の・・・

崩し字が読み切れず元号など怪しいが、清州から移ってきた事は間違いない。
清州時代の正福寺や境内の大杉大神も調べて見たが記述は見つけられなかった。

f:id:owari-nagoya55:20220417205321j:plain境内右に地蔵堂と左に大杉大神の覆殿。
五重石塔の後ろから覆殿に繋がっていた、堂の左に「紀元二千六百年記念 地蔵堂新築記念の碑」が立っていた。現在の堂は神武天皇即位紀元2600年に当たる1940年(昭和15)に建てられたもののようだ。

f:id:owari-nagoya55:20220417205339j:plain地蔵堂
堂内には大小様々な地蔵菩薩や左手に重軽石?が安置されていた。

f:id:owari-nagoya55:20220417205357j:plain堂内は天井から吊るされた色鮮やかな提灯が印象に残る。

f:id:owari-nagoya55:20220417205423j:plain地蔵堂の右側に一際大きな像がある。
年代は確認していないけれど歩道側から見る像の後ろに大きな罅が入っていた。
鉢も妙に黒ずんで見える、空襲の名残なのか?、地蔵堂の建立時期はよく分からなかった。

f:id:owari-nagoya55:20220417205441j:plain境内右手の大杉大神社頭全景。
正福寺の鎮守神として祀られたものだろうか、創建時など詳細は分からない。

明治の頃、現在の新栄の直ぐ東で稲作が営まれ多くの緑が残っていたが、大正から昭和に入り町割が進み、そうした風景は急速に消え宅地化が加速していきます。
今でこそビルが林立し、しゃれた店のある便利な街だが、ほんの少し前は神格化するほどの杉の巨木が聳えていても不思議ではない。

f:id:owari-nagoya55:20220417205500j:plain大杉大神の額、背後にビルが写り込む、街中の神社にある定番の光景だ。

f:id:owari-nagoya55:20220417205520j:plain石の明神鳥居から参道に一歩踏み込むとお洒落な街から一気に表情が変わる。
参道脇は緑の樹々に包まれ、薄暗い覆屋の中に赤い世界が広がっている。

f:id:owari-nagoya55:20220417205542j:plain中央に龍頭大神、縞龍大神、元禄大神、左に出世不動明王の提灯が並ぶ。
石積みの台座の上に龍頭大神、縞龍大神、元禄大神の三社が祀られているようです。
簾で本殿の姿ははっきり窺えないが、社の前に狐のシルエットが見える事から大杉大神は稲荷社なのかも知れない。大杉大神は伏見稲荷で見た記憶もあり、そこから勧請されたものかもしれない。
そして水を司る龍神さまがいて、イメージが沸かないけれど元禄大神の本殿がある。
そして左に全ての禍を焼き尽くす不動明王、農地の広がる頃には必須とも思える神々が祀られている。
不動明王の像は表情は怒ってはいるがどことなく優しさが漂う。
彫られた年代こそ分からないが明治以前に彫られた素朴な趣が感じられる。

ビルが立ち並ぶ以前、田畑を営んでいた頃の土地を守護する意味から祀られたと勝手に想像する。
縁起から始まり資料が見つからず分からないことだらけの大杉大神です。
こんな時どなたかお参りに訪れるお年寄りに出会えればいいのだが。

洞雲山 正福寺
宗派 / 曹洞宗 
開基 / 永察
本尊 / 不明

大杉大神
創建 / 不明
祭神 / 龍頭大神、縞龍大神、元禄大神、不動明王

所在地 / ​名古屋市中区新栄1-4-27
関連記事 / 

owari-nagoya55.hatenablog.com

​