名古屋市中村区名駅5 『花車 神明社』

先に掲載した中村区名駅5の「​​天王社」から​南へ徒歩5分​程の神明社へ。

上は1898年頃の中村区名駅5丁目周辺とほぼ現在の地図を比較したもの。
 目的地の神明社は当時既に鳥居の印があり、古くからこの地に鎮座しているのが窺われます。
名駅は目と鼻の先の立地にありながら、東に堀川が流れ、静かな下町の趣が漂う通り。

この通りを北上すると四間道に続き、一本東には美濃路が南北に続く。
 ビルが聳え、車が溢れる味気ない色合いの名古屋の玄関口にあって、ここには嬉しい樹々の緑がある。 
名駅5の神明社の杜だ。
 
普段はこんな静かな佇まいですが、名古屋まつりの行われる10月の第2土曜~日曜日には一転して多くの人で賑わいます。
 先の天王社で見かけた「紅葉狩車格納庫」の紅葉狩車や二福神車(旧下花車町)、唐子車(旧内屋敷町)の3輌の山車が曳行され、からくり奉納を行い、その後、市内の各区で受け継がれて来た山車と共に勢揃い、名古屋まつりに花を添えます。

 

訪れたのが10/12、名古屋まつり直前。
 当日は山車揃えが見られるかと調べてみたが、今年は中止とあった。
因みに当日に山車揃えで巡行が予定されていた山車が以下の名古屋祭りサイトで紹介されていました。
 ​名古屋まつり まつり行列 山車揃え
中村区、中区、東区で代々受け継がれる山車、それらが秋空の下で勢揃いする姿を来年は見たいものです。

社頭全景。
 社地にはこの正参道の他にも東側の脇参道にも鳥居を構えている。
とても名駅とは思えない豊かな杜が残され、真夏には心地いい日陰を提供してくれそうだ。

ほゞ南向きに社頭を構え、神明鳥居と社号標「村社 神明社」が立ち、右手に乃木稀典像が立てられている。

 神明社が鎮座する名駅5丁目はかつて花車町と呼ばれていた、1878年(明治11)に成立、1977年(昭和52)に名駅5丁目になり町名としては姿を消した。
 花車町の由来は「大須観音に馬の塔(飾り立てた馬を寺社に奉納する行事)を供出した際に、花車(山車)の飾りを用意したことによる」という、地名はそれが由来のようで、神明社を花車神明社とも呼ばれるようです。

参道から拝殿方向の眺め。
 右手の覆屋は「天光龍王辯戝天」で後方に椋の巨木の切株が神木として祀られている。
今は右手に玉垣で囲われた銀杏の樹が高く聳えている。

参道右の手水舎と手水鉢(明治26)。
 後ろの岩からいきなり龍らしき頭部が現れている、とても個性的なデザインだ。

「天光龍王辯戝天」
 覆屋妻壁に額が架けられ、幕の紋はシダだろうか見慣れないものだ。
なにか・・・いる。

そうだわな、いるよなぁ。
 もう少し可愛いデザインにはならんのかい、リアルさはあまり求めていない。

覆屋の下には木造鳥居とその先に流造の社が祀られている。
 創建等の詳細は不明。

拝殿に続く参道左には社務所と右に境内社があります。

拝殿正面からの眺め。
 鎮座などの詳細は不明ですが「尾張志」「尾張年中行事絵抄」に記述も見られ、1663年(寛文3)社殿修築とされ、創建となると更に遡るのだろう。
元はここから堀川を越え、少し高みに鎮座する泥江(ひじえ)縣神社の境内社とも云われるようです。
 往古の廣井村は、現在の堀川を越えた東辺りまであったとされ、城下町として整備されて行く過程で、
この辺りの廣井村の氏神となっていった様です。

 神明社は過去に元禄の大火(1700)や享保の大火(1724)で焼失、その都度氏子の支援に依り再建され、現在の伽藍は昭和29年(1954)、本殿と拝殿と手が掛けられています。
 拝殿の左右に複数の境内社が祀られている。

拝殿前で守護する狛犬
 1954年(昭和29)健之のもので胸板の厚い骨太な印象の姿で、阿形吽形が見つめ合うものではなく、それぞれが社頭を向き、視線を合わせない配置になっている。

拝殿に貼られていた神明社栞り
「所在地 中村区名駅5丁目13番6号(旧町名中村区花車町2丁目1番地)
神社名 神明社(旧社格村社指定、現社格8級社)
 祭神 天照大御神
例大祭 10月第2土曜日・日曜日
 
 由緒
もとは廣井村四間道と称し勧請年月不詳。
 廣井村新明記によると「寛文3年(1663)修造とあり、これより先の修造履歴は分からないがそれ以前より斎祀されていた。
貞享元年(1684)修造。
 元禄13年(1700)類焼、同14年再建。
宝永8年(1711)修造。
 享保9年(1724)類焼、同年9月最造。
明治元年(1868)村社に列せられる。
 同26年(1893)修造遷宮
同40年(1907)神饌幣帛料供進指定神社となり祭禮毎に山車4輌が引き出され極めて盛大。
 昭和8年(1933)隣接地買収し造営する計画あるも戦争に伴い見送られ、幸い当神社は戦禍を免れる。
昭和29年(1954)、本殿改築、拝殿新築等造営移築工事、同31年8級社に昇級。
 同33年社務所増修築、現本殿、祭文殿、拝殿、神楽殿、手水舎井戸屋形、社務所、斎館、神饌所、境内等整備。

境内末社及び神祠。
稲荷社 由緒不詳 祭神 倉稲御魂命。
秋葉社 由緒不詳 祭神 火之加具土神。
津島社 由緒不詳 祭神 須佐之男命。
宗像社 由緒
 氏神神明宮、辯才天社は慶長15年(1610)、藤田民部、百姓屋敷検地の際社内除地とされ、清州遷府以前は八幡宮氏神とした言い伝えがある。
これは廣井村が堀川の東上原にあった時の事、その後、船の入江開墾し居住を西に移し、神明宮を氏神とし、祭事は正月、9月に執行されてきた。
三社宮
 祭神名不詳、花車町字鎌倉の地主神と云われ、神明社のシンボルと云うべき樹齢800年の椋木は枯れてしまうが、切株に手を触れ祈念すると願いが叶う。
大聖不動明王(坤現(こんげん)不動)
 昭和54年正面参道敷石中央に天から突然天下り、氏子始め神威を畏み慕う崇敬者等を諸事萬難より守護するとお告げがあり、その時参拝していた参拝者が金縛りにあい動けなくなった。(世に云う不動金縛り)
依って即時現在の位置に奉斎されたもの。
氏子区域
西、名古屋駅前より東へ堀川に至り、南北は桜通り、広小路西通りを含めその周辺の25町内、凡そ1000世帯。
 氏子の上花車に紅葉狩車、下花車に二輻神車、内屋敷に唐子車の3輌があり、名古屋市文化財に指定され、例大祭に曳き出される。」
 

拝殿左のに鳥居が二つ並び、右手の鳥居から本殿方向を進むと三社宮に至ります。
 一対の狛犬が守護する先には三つの社が祀られています。

ここの狛犬は年代を見忘れたが、外観がとても痛々しい。
 吽形は台座の一部は欠落し体の一部に大きく罅が入り、阿形に至っては足から胸にかけて一部が欠け落ちている。
小振りで可愛い顔つきだけに、その姿は尚更痛々しく感じる。

本殿左に並ぶように祀られている三社は左から三社宮、秋葉社、右に津島社が整然と祀られている。
 この辺りの神域はイチョウの樹々が空を覆い、境内の中でも特に厳粛な雰囲気が漂う。
訪れたこの時期、参道に立派な銀杏で黄色に染まり、特有の香りが漂っていた。

この辺りは特に緑に溢れ、本殿の全容も良く見える場所。
 上は拝殿、下が本殿の千木と鰹木、どちらも千木は内削ぎで鰹木は6本。

本殿は神明造で銅葺屋根で、本殿前の銅製常夜灯がなかなか立派なもの。

 その先に小さな木造狛犬が本殿を守護する姿がある。

木造ならでは、滑らかな毛並みの表現と木目の美しさ、彫の深い顔が強く印象に残ります。

拝殿左のもう一つの鳥居。
 その先に小さな泉があり、中央の小島に「宗像社」が祀られています。
祭神は田心姫命を祀ります。
 鳥居の先に小さな手水鉢があり、正面に明暦2年(1656)の文字が刻まれている。
外観は見ての通り、鉢の表面が水の鉄分で赤く染まり、この神社の歴史を物語っています。
 灯篭など寄進年を見て行く中で、自分が目にしたものでは一番古いもの。

この神社の創建時期は定かではないが、少なくとも慶長時代には既に祀られていたかもしれない。

拝殿右側に「倉玉稲荷神社」の赤い鳥居が連なります。
 この先の拝所にもなにか…いるようだ。
ここは稲荷だ、あれではないだろう?

良かった、これは宝珠の重軽石だ、表面は艶々だ。

 これならやれる、早速持って見るか、いつも思うが二回目は必ず軽く感じる、これは慣れかな。

大きなイチョウの樹の傍らに祀られる本殿は流造でこちらの参道も銀杏に埋もれている。
 手間がかかるのが難点だが、酒のつまみには最高だよね。

境内西側の神楽殿
 銅葺屋根の入母屋造り。

その左に白い幟が立ち並ぶ。
 「大聖不動明王 坤現(こんげん)不動」

この神社には不思議な話が伝わります。
 それは「参拝に訪れた方が突然参道で金縛りにあい、足元に不動明王の姿が現れたされる。
住民はその敷石を不動明王の化身として祀った」これがこの神社の起こりの様で昭和54年(1979)の事だと云う。
 玉垣の中に社はなく、台座の上に不動明王が現れた敷石が祀られている。

この境内には不動明王だけでなく境内には人慣れした猫が多く見られ、境内のお気に入りの場所でくつろぐ姿を見ることができる。
 ここが名駅5丁目とは思えないほっこりとする空間がここにはある。

参拝を終え、社地沿いに西に進むと社地の角に小さな社「津島社」が祀られています。

 祭神は素戔嗚尊で、社を護るのは先程見かけた猫のようだ。
手元までは来てくれるのだが…触らせてはくれない、顔なじみになる必要があるか。
 今度はおやつを持ってくるかナ、お見送りありがとう。

花車 神明社  
創建 / 不明
祭神 / 天照大神
境内社 
  稲荷社 / 倉稲魂命秋葉社 / 火之迦具土神、津島社 / 須佐之男命、宗像社 / 田心姫命、三社宮 / 祭神不明、天光龍神社 / 御神木椋の木霊神、大聖不動明王(坤現不動)
所在地 / 名古屋市中村区名駅5-13-6
参拝日 / 2022/10/12
公共交通機関アクセス / 市営地下鉄桜通線「国際センター」駅降車3番出口から、​​天王社経由​南へ徒歩5分​​​
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