大分県一之宮巡り part3(day4)

前回記載した「大分県一之宮巡り part2(day3)」からの引き続き。
 今回は大分県滞在最終日の10/28。

7:00
目覚めと共に着替えを済ませ、朝の金鱗湖に向かう。
 外は朝陽を受け由布岳の姿がくっきりと現れていた。

金鱗湖に向かう道すがら山の頂から陽が昇りだす。
 刈り終えた稲田は朝露に濡れ、朝陽を受けて輝いていた。
遥か先を足早に金鱗湖を目指すかみさん。
 彼女が立ち止まりこちらに向かい、嬉しそうに両手で大きく〇の合図をくれた。
朝もやの金鱗湖を楽しみにしていただけに、思い描いた光景が広がっていたのだろう。

靄に包まれた金鱗湖
 目の覚める光景を前にカメラ〃と探して見るが宿に置き忘れた事に気付き携帯で撮影。
水面に周辺の紅葉と山並みを映し、靄の先に天祖神社の鳥居が浮かび上がる幻想的な光景が広がっていた。
 紅葉も靄もピークではないだろうが、思い描いた姿を見ることが出来た。
朝食の時間も間もなく、そろそろ宿に戻ろう。

由布院 梅園 GARDEN RESORT外観。
 南にやってきて、ここまでの紅葉を目にするとは想定外だった。
ホテル👉金隣湖👉ホテル徒歩 ​25分

朝食を済ませ、温泉で冷えた体を温める。
 どこでもそうだろうが、大半は海外旅行客が占めていた。
客室は離れ、食事も個室、なので意味の分からん言語に出逢うのはこの露天風呂くらいか。
 8:00過ぎ宿を後にする。

最終日最初の目的地「伽藍岳噴火口跡」に向かう、ゆっくり走っても30分程の移動時間。

9:30塚原温泉火口乃泉到着。
 ここで入場料を買い、伽藍岳噴火口跡までは徒歩で5分程登っていきます。

標高1,045mの伽藍岳、別名を硫黄山と言います。
 その西側山腹に伽藍岳噴火口跡があります。
名の通り、山肌から噴気が立ち昇り、周囲は硫黄の色と臭気が漂う。
 見学できる火口は標高約800メートルの中腹にあります。

火口跡とはあるが、活動が休止したわけでもなく現在も活発に活動を続ける。
 地獄巡り以上の地獄の世界が広がっている。
ここが別府八湯(浜脇、別府、観海寺、堀田、明礬、鉄輪、柴石、亀川)の湯の源だと云われます。
 こうした穴ぼこは泥火山と呼ばれ、形成されたのは1995年(気象庁有史以降の火山活動)と最近の事。
現在も活発に活動している証でもある。
 条件によってば噴気孔付近に池が見られるが、訪れた時に池はなく、地下から盛んに噴気が噴き出していた。
 あるべき池が消えている姿、ある意味怖いものがある。
ここに滞在する間は目覚める事が無いように祈りたくなる。

伽藍岳噴火口跡はほぼ立ち入り禁止、柵で囲われた限られた範囲で眺められます。
 右手の小高い丘の頂まで行きましたが、山の頂付近に小さな石の祠が祀られていた。
ここは明らかに人の制御が及ばない、一寸先の読み切れない神の住む場所だ。

 塚原温泉で湯に浸かりたくもなるが、自然の驚異を目の当たりにすると、のんびり湯に浸かる気にはならない、足早に次の目的地「宇佐神宮」に向かう。 

伽藍岳噴火口跡
所在地 / 大分県由布市湯布院町塚原
ホテルから塚原温泉車移動 / 県道617号線経由​25分程

10:50宇佐神宮着。
今回訪れた神社の中でツアーバスが一番訪れると想定した神社。
 想定に反し、観光バスの姿はなく、社頭の人影はまばらだった。

国東半島付け根の御許山(標高647m)山麓の小高い丘陵の小椋山山頂に鎮座する。
 全国約44,000社の八幡宮の総本社で豊前国一宮。
本殿は上宮と小椋山山麓に鎮座する下宮からなり、山麓には複数の社が祀られています。

宇佐神宮下宮由緒解説から下宮、上宮の解説。
「一之御殿 八幡大神(応神天皇)、二之御殿 比売大神、三之御殿 神功皇后
 下宮は嵯峨天皇弘仁年間(810~824)に朝廷より造宮使が遣わされ、上宮の分神を鎮祭し創祀されました。
古くは御炊殿とも云われ、神前にお供えする御饌を炊く竈殿があり、農業・漁業はじめとする一般産業の発展充実をお守りになる神様である。
 上宮と同様に歴代皇室をはじめ、国民の崇敬篤く、宇佐地方では「下宮参らにゃ片参り」と称され親しまれた。

上宮
「祭神 一之御殿 八幡大神(応神天皇)、二之御殿 比賣大神、三之御殿 神功皇后
宇佐神宮は全国八幡社の総本宮、勅祭の大社であり、伊勢神宮につぐ宗廟、我朝の太祖として歴代天皇から崇敬を受けてきた。
 私たちの先祖は全国各地に宇佐の八幡宮をお迎えし氏神や鎮守の社とした。
神代の三神比賣大神が降臨された宇佐の地に、約1400年前の欽明天皇32年(571)、応神天皇の御神霊がはじめて八幡大神として現れ、各地を巡行後、この亀山に鎮まった。
 のちの弘仁14年(823)年、応神天皇の母君神功皇后をお祀りし三殿が鎮座した」

西大門(修復工事中)と宇佐鳥居、上宮はこの先。

上宮。
 主祭神 / 八幡大神、比売大神、神功皇后

下宮。
 主祭神 / 大神比義命(応神天皇)、比賣大神、神功皇后
所在地 / 大分県宇佐市南宇佐2859
塚原温泉から宇佐神宮車移動 / 県道616号線経由​九州自動車道経由45分程

13:30富貴寺到着。
 豊後高田市田染蕗に鎮座する天台宗の寺院。
山号は蓮華山と称し、本尊は阿弥陀如来
 開基は仁聞と伝わり、この寺の大堂は、 近畿地方以外に現存する平安建築の一つとして国宝に指定されている。

天台宗富貴寺
宇佐六郷満山霊場4番札所
 養老2年(718)仁聞菩薩開基
平安時代宇佐神宮宮司家の祈願所であった。
 蕗浦阿弥陀寺(現富貴寺大堂)の別当として、九つの坊を持ち、平安末、鎌倉初期にかけ權勢を誇ったが、武士の台頭や戦国時代の混乱などで衰退していった。
江戸に入り、徐々に復興され、除災招福、五穀豊穣を祈願する祈願所として法灯を護持している。

 毎月15日、阿弥陀如来縁日。
午前11時 阿弥陀護摩供 富貴寺本堂。
 午後15時先祖回向 阿弥陀堂
毎月28日、不動明王縁日。
 午前11時 不動護摩供 富貴寺本堂。」

富貴寺は参拝当日は本堂の改修工事中で姿は見られなかった、本堂右に仮本堂が作られそちらで参拝は出来ます。
 仁王門の先にある国宝富貴寺大堂と奥の院、白山社は参拝ができました。

このお寺、猫を飼われているようだ、しかも一匹や二匹ではなさそうだ。
 とても人懐っこく、呼べば「触ってよ」とばかりにすり寄ってくる、この子はお昼寝の真っ最中。

国宝富貴寺大堂。
 現存する木造建築物では九州最古のもので、宇治の平等院鳳凰堂、平泉の中尊寺金色堂と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつだといされます。
堂内の本尊の阿弥陀如来像も国重要文化財に指定されており、日本四壁画の一つとされる阿弥陀浄土変相図は、極楽浄土の世界を描いていると云われる。


大堂から山肌に付けられた石段先に奥の院薬師岩屋があり、自然石を削り、壇を刻み石造の二体の薬師如来が安置されています。

薬師岩屋から左に進むと白山社を経て大堂に戻ります。

寺を立ち去る時には黒猫が仁王門の下まで見送ってくれた。

富貴寺
開基 / 養老2年(718)仁聞菩薩
本尊 / 阿弥陀如来
所在地 / 大分県豊後高田市田染蕗2395
宇佐神宮から富貴寺車移動 / 国道213号線、県道34号線経由​30分程

次はここから10分程の所にある鍋山摩崖仏を拝みに行く。

14:20富貴寺から南下する事10分、県道34号線脇の小さな看板しかない鍋山摩崖仏入口に到着。
 県道沿いの急斜面に続く細い80段の階段が入口、とゆうか登山口。
距離はさしてなく、時間にして5分程くらいだけれど、細くて急な階段が続きます。
 草木に包まれた階段は時折人は訪れているのだろう、上っていてもクモの巣一つ架けられていなかった。
鍋山中腹の岩盤に、鎌倉時代のものとされる半肉盛りの不動三尊が彫られている。
 三体の像は風化が進み年月を感じさせる、正面の不動明王を除き脇侍の二体は想像を働かせるしかないが、昔の人の思いが今も形となって残っている。
立ち寄ってみる価値のある場所だ。

鍋山摩崖仏
所在地 / 大分県豊後高田市
富貴神社から鍋山摩崖仏 / 県道34号線​10分程

さて大分の旅も最終目的地「奈多(なだ)宮」を参拝し終わりを迎えます。

15:50奈多海岸到着。
 伊予灘に面した海岸でここまで来ると大分空港の到着時間が見えてきます。

海岸は砂浜6kmと松林が南北約3kmにわたって続く砂浜で、日本の白砂青松100選に選定され、海岸には見事な枝ぶりのクロマツの並木が続く風光明媚な海岸。
 大分最終訪問地は神亀6年(729)創建とされる八幡奈多宮を参拝する。
なぜここを選んだか、ここは海岸から少し沖の岩礁に赤い鳥居が立ち、大分を発つ前に夕景の鳥居を眺めたかった。
 
 その目論見は見事に外れた。
2020年9月6日、八幡奈多宮の鳥居が大型台風10号により流されていたのを知らなかった。
 クラウドファンディングで復旧の目途は立ったようですが、訪れた当日には海岸から300㍍ほど先の岩礁(市杵島)に鳥居の姿はなかった。

奈多宮の社頭は海岸から始まる。
 海岸に一ノ鳥居を構え、そこから松並木の中に参道が続き、写真のニノ鳥居と神門を経て社殿に繋がる。

奈多宮由緒書き
「祭神 神功皇后(第三神座)、比売大神(第一神座)、応神天皇(第二神座)
比売大神発祥の地
 比売大神は、先に国前群奈多沖市杵島に示現された(宇佐八幡御託宣集)。
故に古来市杵島は、比売大神発祥の霊地として祀られ、崇敬されて来た。
 
 応神天皇御滞在の地
称徳天皇天平神護元年応神天皇伊予国宇和郡より奈多の浜に着岸、滞在の上、ここより宇佐の地へ向かわれた。

奈多宮創祀
 聖武天皇神亀2年、宇佐宮が創祀され、その5年後の天平元年に奈多宮が祀られる。
初代大宮司は宇佐宿公基公、本宮の僧創祀である。
 ・・・・」


一ノ鳥居から市杵島比売神が降臨したという市杵島を眺める。
 今は朱の鳥居はないけれど、鳥居の先には伊予灘が広がり佐田岬の眺望が広がる。
再び復旧すれば鳥居から登る荘厳な日の出を拝めることだろう。

八幡奈多(なだ)宮
創建 / 神亀6年(729)
祭神 / 比売大神、応神天皇神功皇后
所在地 / 大分県杵築市大字奈多229
​鍋山摩崖仏から八幡奈多宮 / 県道34号線、国道213号線経由​35分

少し早いがレンタカーの返却もある、空港に向かう。

17:05道すがらの地元スーパーに寄り道。
 地元の食材や酒を買い求めて外に出る、日没の早い事。

大地酒造「花笑み(特別純米)
 程よい雑味と開栓直後のフルーティーな香りが印象に残るお酒だった。

17:40 空港で晩御飯兼晩酌。
 奈多宮の鳥居は残念だったが、別府と湯布院の温泉を堪能、予定の行程を全て巡り切る大満足の旅だった。
後は飛行機でひとっとび。

八幡奈多宮から大分空港 / 国道213号線​10分程

予定通り大分を飛び立ち、21:10ほぼ定刻にセントレア到着。
 どこまでも順調、後は電車に乗れば着いたようなものだ・・・
大分空港✈セントレア / 移動時間​70分

順調だった旅の最後は常滑線運転見合わせという衝撃的なフィナーレだった。
 駅は人で溢れバスの代替輸送もない、脆弱な空港だ。
セントレアは孤島となった、ジタバタせずビールを飲み再開を待つのみ。
 家路は遠い。

セントレアから常滑線👉名古屋 / 「事故」運転見合わせ、復旧23:00見込み・・・
関連記事 / 

owari-nagoya55.hatenablog.com