『僧長山来迎寺』滋賀県彦根市

彦根城京橋から南に伸びる夢京橋キャッスルロード。
そこから1筋東に入った祥壽院大信寺の西向いに鎮座するのが「僧長山来迎寺」
彦根の酒蔵を訪ねるバスツアーの途中、昼食休憩の時間を利用し立ち寄ってみた。

既に掲載した祥壽院大信寺、瑞雲山江国寺。
何れも重厚な二重門を構えた寺院ですが、こちら「僧長山来迎寺」も重厚な二重門を構えています。
入母屋瓦葺で四脚二重の鐘楼門は左右に花頭窓が施されており、シックな瓦の色と木の色合いに外壁の白漆喰の白さが引きたっている。
建立時期や補修の履歴は分からないが、彦根城下の寺町に相応しい姿の門です。

来迎寺は現地に解説や由緒等は掲げられておらず、概要や歴史について近江国輿地志略や観光協会の解説など目を通す事になった。
来迎寺は甲賀市水口町で建久7年(1196)に開創された浄土宗の寺院とされ、後にここから北東の佐和山に鎮座していたが、慶長8年(1603)に彦根城下の現在地に移転、中興されたと云う。
境内右に鎮座する鎮守社の弓矢八幡には、源頼政が宮中に現れた鵺(化け物)を退治した時に使われた弓矢が奉納されているとも。

境内は参道正面に本殿、右に庫裏、左の観音堂が主な伽藍で、二重門をくぐった右に弓矢八幡の社がある。
来迎寺の本尊は建久7年(1196)に造られた木造の阿弥陀如来坐像。
当日は本堂、観音堂共に扉が閉ざされ拝観は出来ず、扉の前から拝ませてもらいましたが、観光協会の解説によると本尊は像高97㌢の桧材の寄木造り。
像容は西方極楽浄土で説法する様子を写実的に彫ったもので、しなやかな指先で説法印を結ぶ端正な顔立ちの像で彦根市重要文化財に指定されていると云う。

上は彦根市文化財一覧から引用した木造阿弥陀如来坐像の画像。

像内と背面に、建久7年(1196)菅野刑部と豊原氏が願主で造立した旨の再興墨書銘が残ると云う。
写真からしなやかな指先で説法印を結ぶ穏やかな表情が見て取れる。
拝観の詳細は分からなかった。

境内右に小さな放生池があり、石橋が架けられた先に弓矢八幡と思しき社の姿がある。
駆け足で参拝させて頂きましたが、境内で見かけた社はこの社だけなので恐らくこの社が源頼政が鵺を退治した弓を祀った鎮守社の弓矢八幡と思われます。

そろそろ集合時間もせまり、短い自由時間で寺町の三寺を駆け足で参拝してきました。
彦根城下周辺にはこれらの寺院の他にも興味深い寺社が多数あります、寝弘法にも会いに行きたかったがそこまでの自由時間もなく諦めました。
彦根、春の温かい時期にゆっくりと歩いてみたい所です。

僧長山来迎寺
宗派 / 浄土宗
創建 / 建久7年(1196)
中興 / 慶長8年(1603)
本尊 / 木造阿弥陀如来坐像
所在地 / 滋賀県彦根市本町1-7-17
参拝日 / 2022/12/27