功徳天満宮は、日進市にある岩崎御嶽社が鎮座する、岩崎御嶽山のほゞ山頂に鎮座しています。
前回掲載した八大龍王からあじさい遊歩道をものの1~2分程向かった右側に鎮座しており、目の前は岩崎御嶽社と云ってもいいでしょう。
あじさい遊歩道から見る功徳天満宮全景。
境内に続く石段の右に「功徳天満宮」と刻まれた石標が立ち、石段を上った境内の右側に二つの社が建てられています。
功徳天満宮が鎮座する岩崎御嶽山の始まりは、万延元年(1860)、明心・明寛の2人の御嶽行者が夢のお告げを受け、木曾から御嶽大神を勧請して開山創建したのが起りとされ大己田貴命、少彦名命をお祀りする神社でほゞ全山に霊神碑や功徳天満宮のような社が鎮座しています。
境内に続く石段の右に「功徳天満宮」と刻まれた石標が立ち、石段を上った境内の右側に二つの社が建てられています。
功徳天満宮が鎮座する岩崎御嶽山の始まりは、万延元年(1860)、明心・明寛の2人の御嶽行者が夢のお告げを受け、木曾から御嶽大神を勧請して開山創建したのが起りとされ大己田貴命、少彦名命をお祀りする神社でほゞ全山に霊神碑や功徳天満宮のような社が鎮座しています。
上が境内の全景で右手に手水鉢、正面の神橋の先に天満宮、左に社名不明の社が建っています。
功徳天満宮の詳しい由来や歴史は不明ですが、社名からは菅原道真公をお祀りする神社であることがわかります。
菅原道真は平安時代の学者、政治家、歌人で、様々な分野から崇敬されていますが、特に学問や合格祈願にご利益があるとされる神社で、全国各地に天満宮や天神社が建てられています。
境内右の手水鉢、後方に見える建物は御嶽社社務所。
左に社名不明と功徳天満宮。
鬱蒼とした樹々に包まれた神秘的な雰囲気の漂う境内の神橋から功徳天満宮の全景。
一対の石灯籠から神橋を渡ると、左に霊神碑と右に石碑があり、覆屋の下には5本の鰹木と外削ぎ千木が付く神明造の社がある。
良く見れば社の左に小さな撫牛の姿があり、漸く天満宮らしさを見ることが出来ました。
この天満宮がいつ頃建てられたか分かりませんが、岩崎御嶽社が万延元年(1860)に開かれたとされるのでそれ以降、大正から昭和にかけてからかもしれません。