建速神社から広沢川上流に鎮座する廣澤神社までは移動時間約5分程になります。
名古屋から猿投グリーンロードで訪れるなら加納ICで降り、加納インター東の三叉路を左折、藤岡飯野方面に向かい、1分程先で左折してください。

写真は左折ケ所から北の眺め、正面に愛知環状自動車道の高架見えてきます。

左折ケ所には写真の猿投山西回り登山道入口の看板が立っています。
狭い道です、ここから神社に至る道は更に狭くなりガードレールもありません、幅寄せ、バックが出来ない人は立ち入らない方がいいでしょう。

上は今回の目的地廣澤神社の鎮座地を赤枠で示しています、黄色の枠は猿投神社になります。
猿投神社は猿投山周辺の神社を巡り、最後の目的地としているのでなかなか到達しませんが、廣澤神社が猿投神社の境外末社なので気持ち近づいた気になります。

写真は廣澤神社の向かいにある登山者用駐車場から、今走ってきた道(右側)と右に広沢川を見ています。
猿投山は猿投神社から何度か登っていますが、この西回り登山道から上った事がなく、猿投神社西の宮、東の宮参拝はここから目指したいと考えています。

この辺りに立てられているウオーキングマップ。
ウオーキングとあるとお手軽に登れるように感じますが、しっかりと足ごしらえし、水、防虫スプレー、熊鈴など最低限の装備は必要です。
猪・カモシカ・蛇などいても不思議ではないかも知れないね。
ここ何年か熊情報だけは見るようにしていますが、年初から6月までは猿投山の熊目撃情報は上がっていなかった。
渓流に分け入っていた頃の熊はお互いに見かけると離れていったが、新世代の熊は寄ってくるらしいので困ったものだ。

駐車場の横を流れる広沢川。
陽射しは強烈ですが、水が流れ落ちる音、吹き抜ける風は心地いい。

廣澤神社頭の眺め。
社頭は駐車場の向かいにあり、普通車なら4・5台は駐車できそうですが、奥に作業小屋があり、そこへの道筋は塞げません。
正面の林道はこの先更に狭くなり、道も荒れており猿投七滝までは車で行けるようです。

社頭全景。
右手に廣澤神社社標、社名の上に何か書かれているのだが読み取れなかった。

その傍らに広沢天神の由緒があり、そこに書かれている内容は以下。
他に江戸時代の慶安2年(1649)の三河国神名帳にもその名が見られます。」
因みに延喜式の「加茂郡七社」とは以下の七社を指します。
・野見神社 豊田市野見山
・野神社 豊田市榊野町見切
・兵主神社 豊田市荒井町松島
・射穂神社 豊田市保見町北山
・狭投神社(三河国三宮)・東の宮・西の宮 豊田市猿投町大城
廣澤神社
もともとは広沢川が流れるこの地に古くから鎮座していました。
しかし、明治政府による神社合祀令(1906)により明治から昭和の間は広沢川から離れ、猿投神社へ合祀されていました。

鳥居の先右手に自然石の常夜灯があり、先は登山道のような参道が奥に続いています。

車はあるが人の気配のない鬱蒼とした緑の参道両脇。
広沢天神の白い幟が連なる姿は心なしかホッとする。

狭い参道の少し先から開けた杉林に変わり、斜面に先に社が見えてきます。
社と右側の登山道は頻繁に人の往来があるのか道はしっかりとしていました。

杉林の中に佇む社に続く石段は、手前に一対の常夜灯があり、そこから社までは不揃いな石で組まれた石段が伸びています。

常夜灯の竿を見ると安永(1772-1781)の元号が見られ、当時の村人の思いがここに残されています。

石段から見上げる廣澤神社社殿。
樹々の隙間から差し込む陽射しは神秘的な雰囲気を演出します。

供えられている榊は新しく、御神酒も供えられており、大切にされているようです。
人気のない境内に一人身を置くと、いつもより強く拍手する自分がいる。

右手の登山道から眺める社殿の全景。
神明造で鰹木は4本、千木は外削ぎのもの。

白地図とコンパスもなく迂闊に知らない道には入らない方がよさそうです。

社殿後方から社頭の眺め。
社殿が鎮座するここは涼しく居心地がいい。
まだ、6月だと云うのに木陰から一歩外に出ると真夏並みの強烈な暑さが襲ってきます。
道中の道さえ問題なければ、駐車場からここまでは普段靴で訪れる事が出来ます。
猿投神社境外摂社 広沢天神
創建 / 不明
祭神 / 少名彦命
境内社 / ・・・
所在地 / 豊田市猿投町小黒見
車アクセス / 畑中 建速神社から広沢川上流に向かい広沢天神まで移動時間約5分
参拝日 / 2024/06/07
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