山口街道沿いの道標仏と三十三観音堂(名古屋市守山区森孝3)

名古屋市守山区森孝3「三十三観音堂と道標仏」
前回の天王社から7分程西に向かった山口街道沿いに鎮座します。

幅員の狭い交差点の南東角に鎮座する三十三観音堂全景。
左の道を直進し、東名高速をくぐってしばらく行けば天王社が鎮座する西山町に至ります。

この辺り、明治頃は東春日井郡大森村大字森孝新田で、昭和に入り守山市大字森孝新田、昭和38年に名古屋市編入された地域で、矢田川左岸沿いは一面田んぼの広がる地域でした。
昭和に入り急速に宅地化が進み、それとともに田畑も減少し、今ではあまり見かけなくなりました。

交差点から見た三十三観音堂。
左の小さな覆屋と観音堂が西向きに連なり、右手の建物も観音堂のお務めするため建物だろう。

左の覆屋には一体の馬頭観音が祀られています。

光背に「右せと 左のふらい 」と刻まれており、山口街道り道標として祀られたもので、年号までは分からなかったが、風貌から江戸時代後半のものだろうか。

右手の観音堂
三十三体の観音像が安置され、西国三十三所の観音霊場の本尊が安置されている。
今のように誰もが簡単に巡れなかった時代、地域の代表が霊場を巡拝する講が組織され、地元に戻るとその証として像を安置、巡礼に行けなかった者はそれを拝むことで遠い霊場を巡拝した気持ちを得た。

これらの像の銘が見えず、年代は分からなかったが、素朴な顔立ちの三十三体の像が収められ、今も地域から崇敬されているようで、堂内も綺麗に維持されていました。

ここの細い路地を南に進むと弘法堂や八劔神社などあり、守山区森孝・四軒家地区散策コース​になっているようです。
周辺は細い路地が入り組んでおり、駐車余地はありません。

三十三観音堂と道標仏
創建時期 / 不明
所在地 / ​名古屋市守山区森孝3-1509
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