知多四国巡礼。
昨年のテーマでしたが、結局、巡拝できず終わってしまいましたが。
今年こそは、ということで「名鉄電車 歩いて巡拝 知多四国」の一回目に参加しました。

上は初回のコースマップです。
スタートは名鉄名古屋本線前後駅、そこから一番札所曹源寺、二番札所、三番札所、四番札所、六番札所常福寺の五寺を巡拝し、ゴールの常福寺からバスで名鉄常滑線太田川駅を結ぶ10.5kmのコースです。
我家はゴールから徒歩でJAあぐりタウンげんきの郷で昼ご飯を食べ、そこからJR大府まで歩く全行程14kmを歩いてきました。

前後駅から南に15分程で一番札所 清涼山 曹源寺山門に到着します。
山門の左には宝暦12年(1762)に立てられた「不許葷酒入山門」の標柱があります。
大きな「清涼山」の山号額が掛けられた山門は、入母屋瓦葺で三間一戸の木造楼門造り。
趣きのある門は享保2年(1717)に建てられたもので、豊明市の有形文化財に指定されています。

スタートして間もないので、多くの巡拝者で境内は大賑わいです。
正面の本堂と左手に弘法堂、右に庫裡、鐘楼が主な伽藍、檜皮葺の手水舎と袴腰の鐘楼は趣がありました。
曹源寺のはじまりは鎌倉時代に遡り、天台宗として開闢されたと伝わります。
後の永正2年(1505)に曹洞宗に改宗され現在に至ります。
当初の鎮座地はここから南東1kmほどにあったが、承応3年(1654)の火災により伽藍を焼失し、鎮座地が境川、正戸川の氾濫が多かったことから、この地に遷されました。
江戸時代より当地域の中本山の格を誇る有力寺院です。

庫裡。
文化10年(1813)に再建された入母屋瓦葺のもので、大屋根に煙抜きの小屋根が乗る禅宗寺院の庫裡の造りを伝えています。

現在の本堂は明治13年(1880)に再建されたもので、軒丸瓦には「清」の文字が入る。
軒唐破風の兎毛通には金色の立葵の紋と懸魚があります。
なかでも、どこか自分の腹に似たどっしりと座り込む鬼の姿は妙に親近感が湧く。

本堂扁額の「曹源寺」の揮毫は大本山総持寺の貫主を務めた石川素道禅師によるものです。


境内左の弘法堂、今年最初ということで凄い人です。
堂は明治23年(1890)に建立され、昭和49年(1974)に火災で焼失し、現在の堂は昭和51年(1976年)に鉄筋コンクリート製で再建されたものです。

知多四国第一番札所 清涼山 曹源寺
