愛知県 知多四国巡礼: 三番札所 海雲山 普門寺

前回掲載した新四国八十八ヶ所二番札所、法蔵山極楽寺から三番札所、海雲山普門寺へは、極楽寺参道口前の細い道を南に向かって徒歩4分ほどの場所に鎮座しています。

この道は明治時代まで、近隣の集落を結ぶ唯一の道だったようで、現在の県道57号線が地図に現れるのは昭和34年になってからです。
西側の丘陵地の裾沿いに集落が点在し、東側は広大な水田が広がっており、往古の衣浦湾はこの辺りまで迫る波打ち際の集落だったのが容易に想像でき、調べて見ると結構貝塚も多いようです。

三番札所海雲山普門寺門前の全景。
門前の見上げるばかりの常夜灯と立派な鐘楼門を構える大きな伽藍です。

車の場合、大府方向から県道57号線「横根町後田交差点」で右折すると写真の普門寺駐車場に至ります。
狭い生活道路が多いので変に入り込まない方が賢明です。

黒塗りの塀が二重門に続く趣のあるもので、上層には戦前までは梵鐘は吊るされていたが、供出により現在梵鐘の姿はありません。
すぐ近くの賢聖院の門には梵鐘が残されていました。
どちらの門も大棟には鯱が載せられています。

境内は正面に本尊は釈迦牟尼仏を安置する本堂、向かって右側に手水舎・納経所・庫裏、左側に弘法大師・十一面観音を安置する観音堂が主な伽藍。
普門寺の創建は古く、白鳳元年(671)とされ、元和年間に曹洞宗の寺院として再興され、天保年間に本堂などが再建されたようです。
その後、平成に入り本堂、庫裏、弘法堂など改修が行われ現在に至ります。

この寺の始まりについては面白い言い伝えが残り、尾張名所図会(天保年間)にもそのことが記されています。
”海雲山普門寺
横根村にあり
大脇村曹源寺の末寺にて曹洞宗なり
境内観音堂の本尊は天武天皇の白鳳元年二月十一日、観音の像白雲にのり南海より来現し給うと村民いうて、堂をつくりて安置す故に海雲山と名づけし“
とあり、同時代の尾張志にも同様の記述が見られた。
その観音像を祀るために建てられた堂が普門寺の始まりという。

観音堂外陣の格子絵天井には四季の草花や鳥の絵柄が描かれています。

内陣の眺め。
白雲にのり南海より現れた十一面観世音菩薩立像は中央の社に安置され、普段は前立を礼拝します、本尊は17年に一度ご開帳されるそうです。
秘仏十一面観世音菩薩立像は大府市文化財一覧にも登録があり、”平安時代の木彫像で、像高は104㎝で前立の十一面観音菩薩立像66.4㎝“
写真では切れていますが左側に弘法大師が祀られ、右側には地蔵菩薩と十王像が祀られています。

本堂から門前方向の眺め、右手の建物は薬師堂です。

薬師堂内の眺め。
本尊の木造薬師如来立像は大府市文化財一覧に登録がありました。
その解説によれば本尊は、もともと横根藤井神社にあったもので、明治初年の神仏分離によって薬師堂とともに薬師寺(横根町)へ移されました。
その後、薬師寺の無住化により、令和6年(2024)に普門寺に移されたもの。
黄金色の厨子の中に安置される薬師如来立の像高は約1㍍で、平安時代(791-1185)のものとされます。
一説には傅教大師(766-822)作とも言われるようです。

次の四番札所 寶龍山延命寺はここから西へ約2kmほどになります

知多四国巡礼 三番札所 普門寺
宗派 / 曹洞宗 
創建 / 白鳳元年(673)
開基 / 
開山 / 雪山寿盛大和尚
本尊 / 釈迦牟尼仏
札所 / 知多四国三番札所、尾張三十三観音五番札所(大黒尊天)、知多西国三十三所二十七番札所、大府七福神(大黒尊天)

参拝日 / 2025/01/25
極楽寺から普門寺 / ​極楽寺から徒歩4分ほど​​
所在地 / 愛知県大府市横根町石丸95
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