愛知県 知多四国巡礼 第5回(後開催): 二十五番札所 法輪山 圓観寺

前回掲載した白山神社に続く今回は、二十五番札所 法輪山 圓観寺となります。

白山神社の西隣に山門を構えています。

山門正面全景。
右手に寺号標が立てられ、山門は切妻瓦葺で、太い本柱を持った八脚門。

山門から庭園の緑と本堂の唐破風向拝。

正面の本堂と境内右の納経所・庫裏の眺め。

緑溢れる庭園には地蔵や菩薩像が立てられ、庭木の影や軒下には人慣れした猫の姿を見かけます。

尾張徇行記 第6巻 (海西郡・知多郡之部)
「円観寺、府志曰、在同村、号白雲山、天台宗、属野田密蔵院
○ 覚書 = 白雲山 円光坊 寺内 五畝歩 備前検除
○ 当寺 書上に 此寺草創の年紀は不伝
 開基 栄貴法印は 慶長四年に遷化す
 初 円光坊と号す 何れの比か 今の寺号に改れり、境内 五畝歩 御除なり
 此寺住昔 同村内 八反 三畝 十歩 御除地にありしが いつの 比か今の所へ引移るとなり
○ 境内に秋葉社あり 村控 なり」

備前検地は慶長13年(1608)、伊奈備前守らによって尾張全域で実施されたもので、富貴村は、中世に築かれた富貴城の城下町として発展し、地名の「富貴」は「富」と「貴」という吉祥文字を用いた縁起地名と考えられる。
また「冨貴」とも表記され、表記の揺れがあるようです。
冨貴村の立地は衣浦湾に面し、古くから海運と陸路が交わる要衝で、知多半島を縦断する師崎街道などの街道交通と相まって経済・軍事・信仰の面からも発展してきたようです。
 
本堂脇の案内は以下のようなものでした。
室町時代開創の歴史を持つ寺
・圓観寺の前身は別所に建立され『白雲山 円光坊』と称した。
天正二年(1574)、 富貴城址(白山社)のある現在地に移り、法輪山圓観寺に改めた。
 

本堂は寄棟造の瓦葺で、破風飾りや向拝の彫飾りに視線が行きます。

この本堂がいつごろ手が入れられたものかは不明ですが、外観は大きな傷みのないものです。
写真は虹梁の龍の透かし彫り。

山号額、これで法輪山と読むものであろうか。
圓観寺の本尊は阿弥陀如来

本堂左の伽藍。

本堂左の金比羅堂(護摩堂)。
本堂から渡廊でつながる、入母屋妻入り建物で文政年間(1818~1829)の建立とされる。
金比羅大権現を中央に、その左右に弘吉布袋像・不動明王薬師如来が並びます。

大師堂と左の庚申堂。

堂内中央の厨子弘法大師像が安置され、手前には弘法大師を描いた無数の自然石が奉納されている。

堂前の床に埋め込まれた西国八十八ケ所の巡拝案内図。

庚申堂全景。

堂内には一体の青面金剛像が安置されています。

庚申堂左の西国三十三観音堂。
中央に金色の観音像を安置し、西国三十三札所の観音様が安置されています。

観音堂左の奥まった場所に金比羅堂大権現の鳥居。

14:20、触れそうで触らせてくれない猫達に別れを告げ、円観寺を後にします。
コースでは、富貴駅から河和口駅まで電車移動し、そこから開山寺の葦航寺を目指すのですが、私達は線路沿いに3.1㌔、約45分かけて葦航寺に向かいます。

まどらかに みたまあみだのじがんには ふうきひせんのわかちなからん

第五回梵字カード。
後開催なので諦めていたが、本開催の残りがあり頂くことができた。

愛知県 知多四国巡礼 第5回(後開催): 二十五番札所 法輪山 圓観寺
宗派 / 天台宗
開基 / 栄貴法印
開創 / 不明
本尊 / 阿弥陀如来
所在地 / 知多郡武豊町冨貴郷北97
白山神社から円観寺 / ​白山神社社頭の西側に山門
参拝日 / 2025/05/23
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