岩倉市八剱町 七面山古墳と墳丘上の祠

過去に掲載した長要山 長遠寺から五条川沿いに5分程遡った岩倉市八剱町城屋敷、ここに今回掲載する七面山古墳と墳丘の上に祀られた祠があります。
今回はこちらを掲載します。

名神高速道路の南側の岩倉市八剱町城屋敷。
都市化も進み、静かな住宅街が立ち並ぶ細い路地を抜けた先に、時の流れから取り残されたようにひっそりと佇む小さな古墳があります。
この辺りは、矢戸川と五条川に挟まれた扇状地で、写真の名神高速道路と南に国道155号線が東西に延び交通の要衝です。
町名の八剱は八剱神社社(大字八剱字郷)からきているともいわれ、岩倉町誕生以前のこの辺りは幼村で、五条川も幼川と呼ばれていました。

高速沿いから彷徨いながらたどり着いたのは、正面ではなく古墳背面からでした。
入口は見当たらず、気づけばここに立っていたという感じです。
住宅に囲まれた一角に、こんもりとした墳丘と、その上に祀られた祠が突如現れます。
こちらからは古墳に入る事は出来ず、一回りして反対側に向かってみました。

東側の住宅街に写真の細い入口がありました。
目印は月極駐車場とカーブミラー。
その奥にわずかに見える緑が七面山古墳です。
所在地は岩倉市八剱町城屋敷3427番地、地図上では古墳は簡単に見つかっても、入口はこのような路地の先にあり、ちょっとした探索気分を味わえます。

細い舗道を進んだ先に、ふっと開ける空間がありました。
正面には、わずかな高まりをもった墳丘と、その上に祀られた小さな祠が目に入ります。
墳丘の直径は目測で10メートル、高さ2メートルほどの円墳です。
周囲を家々に囲まれるなか、開けたこの空間で円墳の全景はくっきりと浮かび上がります。
想像していた以上に存在感を放っていました。
背後にはフェンスや住宅の壁が迫っているにもかかわらず、この一角だけが時間の流れをゆるやかにたたえているようで、ふと、かつてこの地で重ねられてきた営みが浮かんできます。

古墳の前には、岩倉市教育委員会による解説板が設置されています。
そこには、この地に残る七面山古墳の概要と、市内に点在する他の古墳群についての記述が簡潔にまとめられていました。
「七面山古墳 
市域は、この七面山古墳のほか、下本町新溝古墳、中本町古市場古墳、天神塚古墳、曽野城址古墳、大山寺町居屋敷古墳、稲荷宮寺古墳、川井町ノンベ古墳などがある。
このうち発掘調査がなされたのは、西出古墳一基のみで、他の古墳やこの七面山古墳は未調査である。
須恵器壺・杯などが確認されている。
この出土品からみて六世紀頃に築造されたと推定されている。
本市の古墳は、いつの時代かに墳丘が取り壊されたものが多いなかで、ほぼ完全の墳丘を残しているこの古墳は貴重なものである。
岩倉市教育委員会

この説明が示すように、七面山古墳は岩倉市の中でも、築造当時のかたちを比較的よく残している貴重な例のひとつで、現在は住宅に囲まれた小さな一角に過ぎませんが、かつてこのあたり一帯には大小の古墳が点在していたことがうかがえます。
また、江戸時代の地誌にはこの辺りが「城屋敷」と記されており、戦国期に築かれた八剱砦とのつながりを物語っているとされます。
砦跡そのものは現存していませんが、地域の地名として今も息づいています。
又、八剱町郷東には「山神」と刻まれた石碑が今も残されており、その背面には「天正の頃 八剱之城主 北畠中将織田信雄云々」と記され、歴史の痕跡を伝えています。

墳丘に設けられた石段の下から見上げると、緩やかな高まりの上に小さな祠が据えられていました。
こうして下から仰ぎ見ると、祠の佇まいがより印象的に映ります。
社名や創建時期などは分かりませんが、長い年月を経て積み重ねられてきた祈りの場として感じられます。


この古墳の墳丘は小牧・長久手の戦いの際、近隣に築かれた八剱砦の見張り台として活用されたという話もあります。
以前はこの高さでも十分に機能したのでしょうが、今は家並みの中に埋没しています。

墳丘の頂には、石の台座の上に小さな祠が据えられています。
木造瓦葺の素朴な造りで、鳥居や玉垣はなく、社名や祭神を示す札も風化していて判読できませんでした。
地元ではこの祠を親しみを込めて「七面山さん」と呼ぶとも云われます。
正式な社名や祭神は不詳ながら、こうして呼び名が残っていること自体、古くからこの地域に寄り添ってきた証なのかもしれません。

屋根を支える梁や木鼻の意匠はシンプルなものですが、住民の思いが込められた“かたち”です。

祠の正面に掲げられた社名札は、風雨にさらされ文字がほとんど判読できなくなっていました。
その前には、色を失い乾いた花が手向けられていました。
誰がいつ手向けたものなのかはわかりませんが、この花には“祈りの痕跡”が宿っているように思えました。


住宅が広がる現代に古代と中世が静かに交差するこの古墳と祠は、これからも人びとの暮らしを見守っていくのかもしれません。


岩倉市八剱町 七面山古墳と墳丘上の祠
七面山古墳
古墳形状 / 円墳
築造年代 / 6世紀頃
埋葬者 / 不明

不明社
創建 / 不明
祭神 / 不明 
所在地 / 岩倉市八剱町城屋敷3427
長遠寺から七面山古墳 / ​北に300㍍、約5分
訪問日 / 2025/6/9
過去記事
岩倉市大字八剱 八劔神社
岩倉市八剱町 長要山 長遠寺​