愛知県 知多四国巡礼 第6回:十三番札所 板嶺山 安楽寺

第六回歩いて巡拝知多四国の最初の札所、十三番札所安楽寺は、熊野神社の社頭から左に2分もあれば門前に至ります。

門前には大きなクスとイチョウが聳えており、この二本の巨樹が安楽寺のシンボルツリーだ。

門前全景。
 阿久比駅から炎天下の中、ひたすら3.3km歩いて辿り着く最初の札所。
大きな木陰がここまでの火照った体を優しく冷ましてくれます。
 安楽寺熊野神社同様に門前に福山川が流れ、山門へは安楽橋を渡り参詣する事になります。

山門は切妻瓦葺で、丸柱二本と、その前後に角柱二本の控え柱を配した四脚門です。
 木鼻などの意匠は簡素で落ち着いた印象を与えます。

門の右に鎮守社と二体の石仏を安置します。

門の左の板嶺山安楽寺の由緒。
「板嶺山安楽寺曹洞宗で、本尊は「無量寿如来」である。
 寺伝によると、文禄2年(1593)に洞雲院二世 久山昌察大和尚を開山として創建された。
慶安元年(1648)現在地に堂宇を移し、今日に至っている。
 現在の本堂は、江戸時代の慶安・享保・文化年間の三度の改築を経て、昭和57年(1982)9月に建立されたものである。
本堂の西隣には「聖観音」をまつった観音堂がある。
 この本尊は、9年に一度の開帳の時にしか目にすることができない秘仏である。
境内の地蔵堂には、耳の遠い人が穴のあいた柄杓を供え、お祈りをするとよく耳が聞こえるようになるといわれている「天台地蔵」が安置されている。
 明治(1868-1912)・大正(1912-1926)時代には、三河地方や伊勢方面の地名のある柄杓をよく見られたといわれている。
知多四国八十八か所霊場の第13番札所になっている。

山門から正面に見える観音堂の眺望。
 山門は平成17年(2005)に建立されたもので、山号額には「板嶺山」と記されている。

境内右から本堂、観音堂の眺め。
 昭和57年(1982)に最新工法で作られた、入母屋造の瓦葺の本堂で、無量寿如来を本尊とします。
左の観音堂は木造瓦葺の入母屋造で秘仏聖観音像が祀られています。

本堂のお前立。

観音堂(右)と太子堂全景。
 左の太子堂は入母屋妻入りのコンクリート造で本堂と同時期に建て替えられたように見受けられます。

こちらは観音堂内の眺め。
 お前立や眷属は写りはしたが、不鮮明で何がなんやら分からない。

知多四国霊場第十三番札所安楽寺太子堂
 向拝の下で弘法大師が迎えてくれます、堂内は近寄れる状況ではありませんでした。

境内南の鐘楼と方形屋根の建物は経蔵だろうか。

経蔵には大正5年(1916)に書かれた「尾張知多郡 新四國開創由緒」と当時の札所案内図が掲げられています。

 文化6年、亮山阿闍梨と岡戸半蔵行者、武田安兵衛行者により形作られた知多四国霊場
四国八十八ヶ所霊場の「写し霊場」として始まりながらも、地域の地形・信仰・交通事情に応じて独自の発展を遂げてきました。
 特に三開祖の尽力と、地域住民の協力によって築かれた霊場は、単なる模倣ではなく、知多半島の文化と信仰の核として根付いています。
現在では、巡礼が信仰だけでなく観光・健康・地域交流の手段としても機能しており、知多四国霊場は時代を超えて人々を惹きつけています。

いたやまの みだにまいれば まつがえおとなふかぜも ねんぶつのこえ

さて次の十四番札所興昌寺は福山川沿いを500㍍ほど下った右側になります。

愛知県 知多四国巡礼 第6回:十三番札所 板嶺山 安楽寺
宗派 / 曹洞宗
開山 / 久山昌察大和尚
開創 / 文禄2年(1593)
本尊 / 無量寿如来
所在地 / 知多郡阿久比町板山川向21
熊野神社から安楽寺 / 西に​​​0.1km、約2分程​​​
参拝日 / 2025/6/21
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