豊田市枝下町『枝下駅跡と旧枝下用水取水口』

連日異常な暑さの日が続き、エアコンの効いた部屋から外に出ようなんて気が全く起こらない。
万歩計の実績は4桁にほど遠い日が続き、そろそろ写真も底をつき、たまにはエアコンも休ませてやらないと機嫌を損ねると命取りになりかねない。
無理くり外に出かけることにしました、もちろん車ですが、椅子を積み込んで昼過ぎに出かけました。
場所は市内から猿投グリーンロードを使えば約1時間で辿り着ける、豊田市枝下にある旧名鉄三河線の枝下駅跡です。

猿投グリーンロードの枝下ICで下り、信号を右折して、県道11号線を100㍍ほど走った左側の「わくわく広場」が枝下駅跡になります。

駐車場もあり、矢作川が目と鼻の先を流れており、木陰に入ると心地よい風を感じられます。
写真は対岸の力石ICを結ぶ枝下大橋。

上は昭和30年代(左)とほぼ現在の地図の比較で、枝下駅跡は地図左側にあたります。
左の地図には名鉄三河線吉良吉田駅から終着駅の西中金駅を結ぶ線路が描かれています。
猿投駅から西中金駅間が廃線になったのは、つい最近の平成16年(2004)。
目論見は紅葉の名所香嵐渓を持つ足助まで繋げたかったようですが、用地買収・不況の影響から頓挫、西中金駅から香嵐渓をバスで繋いでいました。
国道沿いや矢作川にかかる橋梁を走る電車の姿を覚えている方も多いかもしれない。
枝下大橋の少し上流に、対岸の三河広瀬駅を繋ぐ矢作川橋梁がありましたが、今はその面影はありません。 

わくわく広場にある「枝下町の史跡と旧飯田街道」の周辺マップ。
周辺の徒歩圏内には下流に旧枝下用水取水口、戸隠神社、弘法堂、上流に旧飯田街道唯一の渡船場跡が
あると記されています。

左「三河広瀨」・右「御船駅」の行先表示板。
駅舎は現存せずプラットホームと線路が残るだけですが、椅子やトロッコなどがあり、地元の憩いの場として活用されています。

御船駅は県道11号線を猿投方向に5分程走った御船津島神社の先にあり。
廃線以前は県道を横切るように踏切があり、滅多に電車が通過しないだけに、遮断機が下りるととても残念な気持ちになった場所です。
現在踏切は埋められていますが、踏切脇には今も線路が残り、御船駅プラットホームも残ります。

枝下駅プラットホームから三河広瀨駅方向の眺め。

もう電車は通ることがないが、線路にはトロッコが置かれています。

置かれているトロッコは、原則資材運搬用として残されているもので、乗りたければ止めないが、ご自身でリスク管理ができる方のみと注意書きが貼られています。
自走できないので、人が押して動かすトロッコのようで、左手の木のレバーは恐らくブレーキだろうか。

注意書き。
事故等起きた場合はご自身の責任となっています。
このトロッコ、私の推測ですが、周辺の雑草除去や旧枝下用水取水口の環境整備のための資材を運搬する目的ではないかと思います。

地元の方の整備もあり、護岸は雑草は刈り取られ、矢作川の流れを身近に感じられます。
このあたり、複数の枝垂れ桜が植えられており、桜の時期は色鮮やかな事でしょう。

線路上を旧枝下用水取水口に向かってみます。

歩く事数分で旧枝下用水取水口入口に到着。
・・・入口にチェンが掛けられ「危険 立ち入り禁止」の札。
取水口なんで付近の水深はそれなりにあるだろう、足でも滑らせ水難事故でも起こされては、そんなリスク管理からだろう。

ならば、もう少し線路を進み「戸隠神社」を目指してみよう。

緑のトンネルを抜け、数分ほど先に進み陽光が差し込む辺りまで向かってみる。
周辺の建物からもこの先辺りが戸隠神社と思われる。

線路脇の右手の高みが鎮座地だろうか、上に続く手摺があったが、雑草が生い茂っており「ようこそ」という感じでもなく、何より蛇の予感もするので諦めて戻ることにしました。

しばらく戻ると上に続く道があり、そこから枝下公民館へ出ることができました。
公民館裏手の「枝下用水灌漑」の案内板。
この事業に尽力した西澤真蔵氏は、下流の平戸橋付近に鎮座する枝下川神社の祭神西澤真蔵命として祀られています。

戸隠神社は近いはずなんだが、案内板も見当たらず、今回は諦めて車に戻ろう。
豊田市枝下町『枝下駅跡と旧枝下用水取水口』
訪問日 / 2025/08/08
所在地 / ​豊田市枝下町的場230-3
過去記事
『西中金駅舎・岩倉神社・岩倉神社農村舞台』豊田市中金町平古 ​
​枝下川神社 : 豊田市平戸橋町波岩