前回ご紹介した小牧市河内屋新田の不明社から、市道大畝町4号線を少し西へ進むと丹羽郡大口町に入ります。
今回掲載する熊野社は、その不明社から約800メートル西、大口町秋田二丁目に鎮座しています。

市道を走っていると、左側の黄金色に色付いた稲田の先に熊野社の杜が見えてきます。
杜の左側が熊野社の社頭になります。
明治11年(1878)に秋田村となる以前は宗雲新田村と呼ばれていた地域。

上は大正9年(1920)頃の熊野社周辺地図。
地名の由来は奥州から来た小笠原宗雲により、家来の左右田弥次右衛門と佐竹左大夫により開墾・成立した宗雲入鹿新田にできた集落で、小笠原宗雲からきている。
当時は南屋敷・中屋敷・北屋敷に分かれ、秋田地区には長桜、替地、八左、宗雲、伝右の五つの集落が構成されており、明治11年(1878)にそれらが合併し秋田村となる。
鎮座地は八左集落の南外れに位置しており、神社は、寛文元年(1661)に左右田弥次右衛門が屋敷内に権現社を勧請したのが熊野社のはじまりとされる。

南向きに社頭を構える熊野社。

杜は楠と竹が主となり、稲田が多い地域にあって、遠目から眺めると黄金色の水面に浮かぶ小島のようにも見える。

神明鳥居から参道の眺め。

参道は、大きな影を落とす大楠の先の社殿に続いています。

社殿全景。
主な建物は左側の社務所、拝殿、祭文殿、本殿で、社殿の左右に境内社が祀られています。

参道左の手水鉢。

縁起の内容は以下。
『熊野社 入鹿宗雲 新田の由来
祭神 伊邪那美命、伊邪那岐命、建速須佐之男命、火之迦具土神
右祭神を守護神として、360年前、寛永年間、小笠原宗雲也数名がこの地に入植入鹿用水を利して開拓に当る。
函来幾多の変進を経て、明治元年5月入鹿池の決壊にともない甚大な被害を受けるも、その後発展の一途をたどる。
大正年間には戸数20数戸を教え、同4年天皇御即位記念として、祭文殿建立。
昭和15年、拝殿の改築をする。
同34年9月26日、伊勢湾台風により、拝殿倒壊、同年再建着工、翌35年10月完成。
平成に至り、本殿、祭文殿、玉垣の改築を起工、翌2年11月吉日完成する。
時に戸数60数戸となる。
一方、昭和6年、産業振興と地区民親睦の拠点として、建設された集会場は60年の年月を経て、改築を発案、秋田三丁目124番地の1の土地を求め、平成元年起工、同2年11月吉日をもって完成した。
この二事業共に平成への改元、並に天皇御即位記念事業として行う。』
愛知県神社名鑑(1992)では以下のように記されています。
『十五等級 熊野社 旧村社
鎮座地 丹羽郡大口町大字秋田字中山五九番地
祭神 伊邪那美命、櫛御気野命
由緒 創建については明らかではないが、「尾張志」に熊野権現社とある。
明治五年村社に列格する。
例祭日 10月15日に近い日曜日
社殿 本殿神明造、鞘殿、拝殿
氏子数 33戸』
大口町史(1982)には以下のように記されていました。
『寛文村々覚書」によると、宗雲入鹿新田に「権現社内三畝歩前々除」とある。
備前検地(1608)以前より免税地であったことがうかがえる。
「尾張徇行記」にも「権現社」とあり、寛文元年(1661)に弥次右衛門が屋敷内に勧請したこと、元禄7年(1694)に寺社役所により改めがあり年貢地になったことが記されている。
長く続いた「権現社」は、明治維新の神仏分離令で現在の熊野社に改められた。
境内には津島社、稲荷社、秋葉社がある。』
熊野権現勧請が熊野社のはじまりのようですが、その時期は寛文元年(1661)か、万治或いは明暦まで遡るのかもしれません。

拝殿全景。
現在の社殿は平成2年(1990年)に手が加えられたようで、外観には特に目立った傷みも見られず、境内同様、美しく維持されています。
400年もの長きにわたる氏子たちの崇敬の念が伝わってきます。

社殿全景。

拝殿から祭文殿の眺め。
入母屋瓦葺の屋根を支える柱は手間のかかる丸柱が使われています。

拝殿と祭文殿の間にある狛犬。
寄進された年は確認していませんが、かなりの年月を経ているように見えます。

高い石垣の上に作られた祭文殿・本殿域全景。
本殿は神明造のようです。
大口町史(1982)には津島社、稲荷社、秋葉社があるとありますが、本殿域に境内社があるか確認はできなかった。

社殿左の赤い鳥居を構える境内社。

社名札がなく定かではないですが、これは稲荷社だろうか。
左手には山神が祀られています。

本殿右側の眺め。
右側に小さな覆屋が建てられています。

覆屋。
中には1躯の石像が安置されています。

安置されていたのは年代不明の役行者像、堂の裏から光背を見ればなにか彫られていたのかもしれない。
台座に彫られているのは前鬼と後鬼だろうか。

参拝を終え参道から社頭を眺める。
鳥居の前には樹洞のできた大きな樹が聳えています。
今は目の前に大きな建物が視界を遮っているが、かつては一面黄金色の稲田が広がっていた。
丹羽郡大口町秋田『入鹿宗雲 熊野社』
創建 / 不明
祭神 / 伊邪那美命、伊邪那岐命、建速須佐之男命、火之迦具土神
祭礼 / 10月15日に近い日曜日
氏子域 / 大口町:秋田宗雲
所在地 / 丹羽郡大口町秋田2
参拝日 / 2025/10/13
不明社から熊野社 / 西に向かい最初の交差点を左折して右側、距離800m、車で5分未満。
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