一宮市千秋町佐野『龍光寺・髙須社』

一宮市千秋町佐野「金剛山 龍光寺・髙須社」、今回はこちらを取り上げます。
鎮座地は、前回掲載した加納馬場の神明社から、西に向かい青木川を越え、 国道155号で左折、300m先を左折したあたりの千秋町佐野に鎮座します。
車で5分もあれば移動できます。
そもそもGマップで神明社が表示されたため立ち寄ってみましたが、現地に着くと龍光寺境内に社がある、そんな印象を受けます。
マップ上では「神明社」と表記されていますが、それを示すものは現地には見当たらなかった。

龍光寺全景。
手前に石柱門を構え、境内右に堂、境内左に社、右に龍光寺伽藍。

現在の千秋町佐野は明治22年(1889)までは丹羽郡佐野村で、後に合併を繰り返し千秋村を経て、昭和30年(1955)一宮市編入され千秋町佐野となった。
明治の地図では佐野集落北外れに龍光寺の印はあるものの、鳥居の印はみられません。

1976年出版の尾張徇行記第4巻 (丹羽郡・中島郡之部)の記録から、自分なりに編集したのが以下になります。


「竜光寺、『府志』には、佐野村に所在する天台宗であり、野田密蔵院の末寺であると記されている。

覚書には、天台宗の寺院で観音堂一宇建てられていた。
春日井郡福徳村にある円光寺の弟子である理円坊の堂守、敷地一反十二歩の四畝二十三歩は年貢を免除、残りの五畝十九歩は年貢地であった。
当寺の書上に
寺の境内と大日神社の敷地を合わせて一反七畝二十歩である。
この寺は、天和三年(1683)に願い出て、知多郡大符村の「明光院」という寺号を譲り受け、「竜光寺」と改称した。
大日神社の社地は、かつては村の管理地(村扣)であったが、元文二年(1737)に竜光寺の管理地(寺扣)となった。
その際、寺は村の西方から大日神社の敷地内へと移転した。
旧跡地(一反十二歩)は、現在では竜光寺の管理地となっている。」

龍光寺について尾張志、丹羽郡史、尾張名所図会などから、「龍光寺」「佐野」などで頁をめくるも開基などの情報を見つけられなかった。
当寺についてはこれを引用します。

 

地蔵堂

境内全景。
左にGマップがいうところの「神明社」、左の入母屋瓦葺の建物が本堂で、右に秋葉神社、薬師堂、庫裏とつながっています。

神明社」全景。
高い基壇の上を玉垣で囲い、銅葺屋根の流造の本殿が「神明社」と思われます。
本殿の左側にも小さな社が祀られています。

まず、この「神明社」について、愛知県神社庁では登録はなく、「髙須社」として以下の情報と写真が添えられていました。
「髙須社
祭神 大日霎貴尊
祭礼 4月15日
氏子域 千秋町佐野
所在地 一宮市千秋町佐野3431」

髙須社はあまり馴染みがなく、尾張徇行記にある大日霎貴尊を祀る大日神社は、明治期に神明社に改められていったようです。
しかし、そうした中でも一部の神社では後に、神明社から大日神社に改称し直す事例はあったようです。
それが神明社ではなく「高須」を冠したか理由は良く分からない。
推測でしかありませんが、鎮座地から東の青木川の右岸・左岸には高須の地名があり、その地名を冠しているのかもしれません。

神社庁の「髙須社」か、引用先を明示していないGマップの「神明社」、どちらが正しいかとなると、神社を包括する神社庁の「髙須社」が正しいと思わざるを得ない。
なのでここでは「髙須社」として記載させてもらいます。
今頃は、社頭の幟立てに、社名の入った大きな神社幟がはためいているだろう。

愛知県神社名鑑(1992)及び同HP(※)の髙須社の解説、氏子域などは以下。
「十五等級 高須社 旧無格社
鎮座地 一宮市千秋町佐野字北高須3431番地
祭神 大日霎貴尊
由緒
社伝に寛永13年(1636)9月10日創建とある。
明治5年5月据置公許となる。
例祭日 4月15日
※氏子域 / 千秋町佐野
社殿 本殿流造、拝殿
崇敬者数 223人」
左手の板宮造の小社について詳細は不明です。

本堂と右手の大銀杏の傍らに「八大龍王昇天」の社がある。

本堂傍らの当寺所蔵の文化財解説。
文化財ナビ愛知の解説は以下のようなもの。
「木造十一面観世音菩薩立像 分類 県指定 種別 彫刻
所在地 一宮市千秋町 所有者 龍光寺 指定年月日 S34.10.8 時代 平安末期~鎌倉初期
詳細解説 高さ158cm、桧材、寄木造、彩色。
面相は豊かに柔らかく、切れ長で柳葉状の眼形である。
体部前面はやや複雑化しているが、姿態は整っている。
彩色はほとんど剥落し、全体に木肌が露出しているが、それがかえって穏やかな刀法や衣文の流れのなめらかさを示している。
頭上の化仏(けぶつ)の一部と右脇下の一部、光背など、いずれも後補である。
この地方にみられる藤原末期通有の形式をもつ作である。」

「ぼたん深彫の前卓
本尊十一面観音の前に置かれてあるもので、雲形脚で曲線の条を深く彫りさげ、まことに力強く流麗である。
つり合いの良い筆返しと写実的な牡丹花の絵様刳形は金箔、緑青、赤等をもっていろどり、豊かな色彩と構図の安定は相当な名作と称しえる。」
他にも写経179巻・刊経7巻・経筥20合(一宮市指定文化財)を所蔵、破損の個所も少なくよく保存されている。桃山時代(1573-1603)のものとされる。

本堂を右から眺める。


向拝から堂入口の眺め。
山号・寺号の入った大きな木札と十一面観世音菩薩の額。

向拝に掛けられた鰐口。
見上げた限りでは裏表に銘文は見当たらなかった。

手挟と木鼻の意匠。

間口一杯の大きさを持つ十一面観世音菩薩の額。

格子戸から堂内の眺め。

本堂右の方形屋根の堂が秋葉神社、右手が薬師堂。

薬師堂の向拝下の「薬師如来」の額。

堂内には金色の厨子が安置されていますが、良く確認できなかった。

額には「秋葉神社」とある、佐野集落の火伏の神、秋葉大権現を祀る。
龍光寺は神仏習合の色合いが残る寺でした。

金剛山 龍光寺
宗派 / 天台宗
創建 / 不明(天和三年(1683)龍光寺へ改称)
本尊 / 本尊十一面観音菩薩

髙須社
創建 / 寛永13年(1636)
祭神 / 大日霎貴尊
祭礼 / 4月15日
氏子域 / 千秋町佐野
所在地 / 一宮市千秋町佐野3431
参拝日 / 2025/10/13
神明社(加納馬場)から龍光寺 / 県道171号線で西に向かい青木川を越え、 国道155号で左折、300m先を左折、二筋目を右折。​移動時間3分、移動距離約1km​。​
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