愛知県 知多四国巡礼 第8回:尾張多賀神社

60番札所 大光山 安楽寺の境内左の小道から北に向かい、三叉路を右折し次の札所に向け直進します。
やがてその正面に大きな森が見えてきます、その杜が今回掲載する「尾張 多賀神社」です。

写真は知多半島を縦断する国道247号線の多賀神社西交差点から社頭の眺め。
歩いて巡拝 知多四国の巡拝ルートはこの交差点を左折することになります。
・・・寄らせてもらってもいい?、「じゃあ右手の直売所で待ってるから」と了解を得て、一人で杜の中に向かう。

社頭全景。
神橋の先の左に手水舎、右手に「多賀神社」社標があり、正面の鳥居の先から石段が上に伸びています。

神橋から石造の明神鳥居と石段の眺め。

社頭右の解説。
オガタマノキという暖地植物を主とした暖帯林で構成された社叢は、県の天然記念物に指定されているようです。

左手の手水鉢。
当神社の祭神の神使いは蟹ということ、鉢の中には蟹のモチーフが飾られています。
この他に社務所横の手水舎にも隠れ蟹、絵馬にも蟹が用いられています。

ただ、蟹が神使いとなった経緯は諸説あり、定かではないようです。

由緒について神社HPでは以下のように語っています。
近江国多賀大社より正元山伏が元和7年(1621)に此の地に勧請し奉ると伝える。
旧2月(現在は三月の第三日曜日)の多賀神社大祭(幟祭りとも呼ぶ)の幟のなびくさまにて吉凶を占う。
又、祭神の神使たる蟹を絵馬として奉納すれば満願成就するという。
多賀神社には、伊弉諾尊を祀る多賀神社、木花咲耶姫命を祀る冨士淺間神社、大山祇命を祀る山神社の三社が垣内に並んで祀られている。
伊弉諾尊の神使たる蟹を絵馬として奉納すれば満願成就するという。
歴史が古いのは冨士淺間神社。
かつては「藤原三所大権現」と称し、大永7年(1527)に社殿を再建した時の棟札が残り、創建は更に遡るだろう。
多賀神社は、元和7年(1621)に正元山伏が近江国多賀大社(現滋賀県多賀町)から勧請したのが起源。』
とある、愛知県神社名鑑(1992)の内容は神社由緒を踏襲しており、由緒に記載のない部分のみ下に記載します。
『九等級 多賀神社 旧指定村社。
鎮座地 常滑市刈屋字洞/脇一一番地。
祭神 伊弉諾命。
由緒 古記録には「再建大永7年(1527)、御社一宇 願主 刈屋城主 政所鵜飼左近尉實隆」とあり。
明治5年村社、同40年10月26日指定社。
昭和6年多賀社を多賀神社と改称。
社殿 本殿流造、拝殿、社務所、神饌所。
氏子数 270戸』
尾張名所図会・尾張志に目を通すが、由緒以上の内容・挿絵などの記載はなかった。

鳥居から続く石段。

参道途中にたてられている「愛知縣十勝地」の石標。
これと似たもので「岐阜縣名所」もあります。
今ほど交通網が整っていない昭和はじめ、地元から募った名所にランキング付けし、こうした碑を立て地域の活性化を図ったらしい。
交通が発達した現在では埋没した存在になっているのかもしれない。

石段から先の境内。
一対の狛犬とニノ鳥居、常夜灯が連なる長い参道の先に社殿がある。

大正13年(1924)寄進の狛犬
この時代になると、大量生産で判で押したような姿の狛犬には趣がある。

平成6年(1994)寄進のニノ鳥居と百度石、ここから本殿まではかなりの距離がある。

参道中ほどの奥山半僧坊。
右手の高みに社があるようです。
こうした見えない社に向かうと大体が登るんじゃなかったと後悔することがある、今日はかみさんを待たせているので参拝しなかった。
神社HPによれば「正法興隆、山門護持、鎮守の大権現は国中に広く崇敬をうけている。
信徒による半僧講が各地に結成され、苅屋においては、明治16年(1883)に結成されている。」
とあります。

参道の先の境内全景。
左手が社務所と手水舎、右手から絵馬殿、拝殿と続き、左手奥が本殿。

拝殿と絵馬殿。

絵馬殿の左の扉から内部に入ることができ、先人が奉納した絵馬を見ることができます。

上は大正5年(1916)、下の絵馬は明治42年(1909)に富士登山を記念して崇敬者が奉納した絵馬。

おがたまの木(もくれん科)。
神社HPより
「愛知県指定天然記念物(多賀神社の社叢)
おがたまの木の名は「招霊(おきたま)」が転化したものとされ、この枝を神前に供え、神霊を招くのに使われたことから、「おがたま」と呼ばれるようになった。
神前によく供えられる「さかき」は、実はおがたまの木だとも言われている。
高さ12m、根の太さ3m」

右手の社殿全景、手前から山神社、冨士淺間神社、多賀神社の拝所が続く。
山神社。
祭神は大山祇命
伊弉諾尊の御子であり、山の神であります。
山から流れくる水は田をうるおし、五穀を育てます。
又、航海の者は山頂を目印として眺めます。
そのため海上交通の守護神としても崇められ、五穀豊穣、大漁満足、交通安全、開運厄除に御利益があります。」

冨士淺間神社。
木花咲耶姫命を祀り、かつては「藤原三所大権現」と称し、大永7年(1527)に社殿を再建した時の棟札が残るので、創建はさらに時代を遡るだろう。
「この神は大山祇命姫神であり、秀麗な富士山の桜の花の美しさにたとえた御名です。
天孫瓊々杵命の妃となり給い我国母の元妃として御婦徳の賢聖なる御神です。
火難消除、安産、航海、漁業、農業、機械等の守護神として御利益があり、往古冨士淺間神社より勧請し産土神として多賀神社と共に崇敬されております。」

多賀神社。
祭神は伊弉諾尊
元和7年(1621)に正元山伏が近江国多賀大社(現滋賀県多賀町)から勧請したのが起源。
「神代の昔、伊弉冉尊と供にお互い誘い合って万物をお生みになられた。
又、幽明に出入りし、災禍厄難を禊たまいて祓の道を新たかにされました。
生命の祖神様と仰がれ、延命長寿、災難厄除、縁結び、家内安全、商売繁盛、学業成就、開運招福にご利益があります。」

流造の本殿は5本の鰹木と外削ぎの置き千木がのり、大きな唐破風向拝が付く妻入りの祭文殿が連なる重厚な社殿。

参拝を済ませ、かみさんの待つ社頭に戻ろう、まだまだこの先は長い。


愛知県 知多四国巡礼 第8回:尾張多賀神社
創建 / 元和7年(1621)
祭神 / 伊弉諾尊
摂社 / 山神社・冨士淺間神社
氏子域 / 常滑市苅屋、苅屋町
例祭日 / 3月第3日曜日
所在地 / 常滑市苅屋字洞ノ脇51番地
安楽寺から多賀神社 / 安楽寺境内左から北に向かい、三叉路を右折・直進。距離0.6km・徒歩10分
参拝日 / 2025/10/21
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