春日井市宮町 『両社宮神社』

春日井市宮町 1
 名鉄小牧線春日井駅」から踏切を渡る、二股の道を右に入り歩く事5分程
春日井小学校の東隣りに鳥居が見えてきます「両社宮神社」到着です
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道路沿いの鳥居、実は二の鳥居
 一の鳥居は右奥に建っており、鳥居前は道路は途絶え畑になります
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一の鳥居の左に「両社宮神社社務所」があります
 上原村と彫られた手水鉢が置かれています
現在の町名は春日井市宮町ですが、1878年(明治11)当時は春日井村の春日井原新田と呼ばれ、水田が開かれました
 上原と南下原、小牧原に分かれていたようで、鉢に彫られた上原村は当時に寄進されたものでしょう
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道路に面した二の鳥居と社号標
 真っ直ぐに延びる参道の先に蕃塀と祭文殿が見えます
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二の鳥居の狛犬と由緒の記された石碑が建つ

 両社宮神社由緒抜粋
創建は1648年(慶安元年)、1744年(延享元年)に八幡社と熱田社を合わせ祀り両社太神宮とよぶ
 徳川末期、森の中に延喜式(927年)以前の和爾良神社祠を発見し合祀、1866年(慶安2)尾張藩から式内和爾良神社両社宮の社号を許可されたが、1870年(明治3)から両社宮神社と改めた
 1947年(昭和22)年郷社に認定、六等級社になる
現在の本殿、祭文殿は1956年(昭和31)竣工、拝殿は1827年(文政10)改築の建物
 また、1959年(昭和34)の伊勢湾台風で巨大な森は全滅、以後植林して現在の森となる
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立派な木々が長い参道の両脇に杜となり
 一歩踏み入ると周囲とは別の神聖な場所である事を感じさせます

参道脇は仲睦まじい道祖神が幾つも祀られています
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参道中ほどの左に手水舎があります
 蛙の口から絶えず水が注がれた水盤で清め先に進みます
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蕃塀の先の広い境内は祭文殿、本殿、両脇に境内末社が見て取れます
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祭文殿全景と内部から見た本殿
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本殿前の狛犬と本殿
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賽銭箱には桐と橘の紋が入る
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本殿側面からの全景
 派手な飾りのない流れ造りの社殿はシックな佇まい
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社殿域両脇の神明社と須佐社
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社殿の右に御嶽社、その右の諸霊社
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境内西向きに祀られる左から天神社、山之神、直会
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社殿の左に住吉社
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稲荷社参道入口左に玉垣で囲われた天満社
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住吉社と天満社の間に稲荷大明神の幟がはためく、真っ直ぐ続く参道とその先の稲荷社
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境内の三猿石像と道祖神
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切妻造りの祭文殿、破風飾りなどに光り輝く装飾はなく、彫も派手さを抑えたもの
本殿脇の由緒書き
両社宮神社は延喜式神名帳に記され「尾張国山田郡和爾良神社」の事とされていますが
 石標に記されている「和爾良神社祠を発見」とあり、あれやこれやと調べてみたものの根拠に辿り着けない
・・・・・和爾良神社はあちらこちらに存在し、自宅近くの​和示良神社​もその一つと言われるだけに
 考えたくない部分なので素直に「そだね!」としておきます  
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両社宮神社の鳥居
上段は手水舎から振り返って見たもの、一の鳥居の先が畑なのが良くわかります
 下段左が​行者寺​と路を隔てた東の鳥居、右が学校脇の西の鳥居

両社宮神社
創建 / 1648年(慶安元年)
祭神 / 誉田別命日本武尊大国主命 、 阿太賀田須命 、建手和爾命
境内社 / 神明社、須佐社、御嶽社、諸霊社、天神社、山之神、直会社、住吉社、天満社、稲荷社
住所 / ​愛知県春日井市宮町1
アクセス / 名鉄小牧線春日井駅下車徒歩10分

長々と残っていたホルダーもこれで移動できます
 今頃は境内は新緑が輝いているのではないでしょうか