若宮通に面して東と中央、西の三つの鳥居を構えています、写真は東側の鳥居
中央鳥居の歩道脇に社号標と若宮龍神社の覆い屋根、紅白の幟が連なる光景は街中で目立つ存在です
中央鳥居前の警護担当、視線はやや上にやり、凛々しい姿の面々です
中央鳥居をくぐり正面の手水舎で清めます、手水鉢には静水がこんこんと供給されています
拝殿の両脇に並ぶ町名の刻まれた石柱
若宮まつりの例大祭の時にはここに神社幟が建てられます
「若宮祭」
江戸時代から続く山車祭、東照宮祭、天王祭(那古野神社祭礼)と並ぶ名古屋三大祭の一つ
昔は若宮祭と天王祭は同じ日に行われ、総称して祇園祭とも云われた時代もあった様です
その様子は尾張名所図会にも描かれます
最盛期には本町通りを7台の山車が曳かれましたが、空襲により山車は焼失、現在この地で曳かれる山車は福禄寿車(1676年製作)一台が残るのみ
毎年5月16日の例大祭でその姿を見られます、若宮祭、福禄寿車ともに市の文化財に指定されるものです
若宮まつりの例大祭の時にはここに神社幟が建てられます
「若宮祭」
江戸時代から続く山車祭、東照宮祭、天王祭(那古野神社祭礼)と並ぶ名古屋三大祭の一つ
昔は若宮祭と天王祭は同じ日に行われ、総称して祇園祭とも云われた時代もあった様です
その様子は尾張名所図会にも描かれます
最盛期には本町通りを7台の山車が曳かれましたが、空襲により山車は焼失、現在この地で曳かれる山車は福禄寿車(1676年製作)一台が残るのみ
毎年5月16日の例大祭でその姿を見られます、若宮祭、福禄寿車ともに市の文化財に指定されるものです
拝殿前担当、なかなかスタイリッシュ
拝殿正面全景
杜に包まれ、流麗で落ち着いた雰囲気が漂うものです
創建は701年~704年の文武天皇大宝年間、現在の名古屋城付近に創建
1532年(天文元年)那古野城攻めで焼失、1539年(天文8)に再建されます
家康による名古屋城築城の1610年(慶長15)この地に遷座、名古屋の総鎮守と定められます
以降武将から厚い信仰を受けるも、先の戦争による空襲で焼失、現在の社殿は1955年(昭和32)に再建されたもの
杜に包まれ、流麗で落ち着いた雰囲気が漂うものです
創建は701年~704年の文武天皇大宝年間、現在の名古屋城付近に創建
1532年(天文元年)那古野城攻めで焼失、1539年(天文8)に再建されます
家康による名古屋城築城の1610年(慶長15)この地に遷座、名古屋の総鎮守と定められます
以降武将から厚い信仰を受けるも、先の戦争による空襲で焼失、現在の社殿は1955年(昭和32)に再建されたもの
社務所側から拝殿の全景
落ち着いた外観でありながら、黄金色の飾り金具が嫌みのない華やかな印象を演出しています
落ち着いた外観でありながら、黄金色の飾り金具が嫌みのない華やかな印象を演出しています
本殿は流造
拝殿同様に金色の飾り金具が適度に設えてあり、上品な華やかさと落ち着いた印象を受けます
周囲は木製の透かし塀で囲われており、拝殿から外周をぐるっと見て廻る事ができます
やはり木はいいものです
拝殿同様に金色の飾り金具が適度に設えてあり、上品な華やかさと落ち着いた印象を受けます
周囲は木製の透かし塀で囲われており、拝殿から外周をぐるっと見て廻る事ができます
やはり木はいいものです
若宮恵美須神社
拝殿右に南向きに鎮座
拝殿右に南向きに鎮座
「神結び願いの緒」と言われ、布に願いを書いてここに結ぶと願いが叶う、パワースポットの様ですね
神御衣神社の向いに針塚
毎年2月8日には針供養が行われます
毎年2月8日には針供養が行われます
若宮龍神社
東鳥居と中鳥居の間に東向きに鎮座
東鳥居と中鳥居の間に東向きに鎮座
福禄寿車収蔵庫
東鳥居から境内に入った右側に福禄寿車の収蔵庫があります
若宮八幡社
名古屋の総鎮守の風格と歴史を併せ持つ神社です
住所 / 名古屋市中区栄3-35-30
アクセス / 市営地下鉄名城線「矢場町」駅下車、西へ徒歩10分程
東鳥居から境内に入った右側に福禄寿車の収蔵庫があります
若宮八幡社
名古屋の総鎮守の風格と歴史を併せ持つ神社です
住所 / 名古屋市中区栄3-35-30
アクセス / 市営地下鉄名城線「矢場町」駅下車、西へ徒歩10分程
2018/8/8参拝