
「なんて狭い道なんだろう、拡幅すれば良いのに」など感じると思います
それが昔の街道だと知れば、車も通れない雨に濡れた狭い小路も捨てたものではない

鎌倉街道「中の道」と東海道が交わり、街道の名残りを感じる静かな住宅地
南区のこの辺りでは写真の様な真新しい道標を目にします
その北東角地に鎮座するのが海底山「地蔵院」です
瓦葺の弘法堂と本堂が南向きに並んでいます
左の堂内、中央に不動明王が祀られています
堂の左に複数の地蔵がそぼ降る雨の中佇んでいます

石仏の右手は失われ、その姿は痛々しいものがあります
戦災を受けたのでしょうか

本堂の両脇に狛カエル?
左のカエルの背中には子カエルが乗り、仄々とした愛くるしさを感じます
地蔵院は室町中期の建立と云われ、京都醍醐寺の末寺
堂内には鎌倉時代に鋳造された「湯浴地蔵」が祀られています
その鋳造地蔵菩薩坐像は2mを超え「鉄地蔵」とも呼ばれるようです
この地方で「鉄地蔵」と呼ばれる鋳造仏は青大悲寺や観聴寺の「鉄地蔵」があります

(写真上は青大悲寺「鉄地蔵」)
何れもこの地方では珍しい存在です

地蔵院の「湯浴地蔵菩薩坐像」
「尾張名所図会」にも記述が残り、1205年(元久2)に北井戸田村の海中から拾われた地蔵菩薩の泥を湯で洗い流した事から湯浴地蔵菩薩の名が付いたと云われています
1292年(正応5)に戸部村に移され崇拝され続けられます
後に堂の焼失を機に1600年(慶長5)現在の山崎村に移されたようです
鉄地蔵は戦災や伊勢湾台風等で被災し、オリジナルは頭部と両手首を残すのみで
欠損部分はコンクリートで修復されて姿を留めているようです
遠目には顔立ちのいい像にそれを感じる事はありません



