春日井市神領町1『瑞雲寺』
「神領町」この地名、その昔は熱田神宮に仕える神官が暮らす地域、「神の領」から縮まり現在の神領になったとか。特別感満載の地名です。
瑞雲寺は堀ノ内町の「神明神社」に向かう途中、高御堂公園の東にある臨済宗のお寺です。
貴船社境内から出土した銅鐸の一つがこちらで保管されているそうです。
お寺の敷地はゆとりを感じさせる広く立派な佇まい、東の道路沿いに寺号標が建つ。
そこから眺める伽藍は全体に新しいもので、ひなびたお寺の印象はない。
瓦葺の四脚の山門、その左は鐘楼、右が庫裏の様です。
駐車場からスロープが伸び、そこから山門に続いているようです。
駐車場の左角に社が祀られています。
左に「熱田皇大神宮」の石碑。
社名札は掲げられていないけれど熱田大神の神札が納められているのだろう。
1986年(昭和61)に改修されたと記されています。
山門
こちらも新しい、瓦には五三の桐紋が入ります。
山門より境内の眺め。
東海四十九薬師霊場の二十二番札所でもあるようです。
正面は本堂。
境内本堂方向の眺め。
左に四脚瓦葺の鐘楼、右手が本堂でその左に小さなお堂が二つあるようです。
外観同様、手入れされた庭は石畳が敷かれた綺麗な庭です。
ところどころにかわいい地蔵や七福神などが置かれています。
山門をくぐり、左側を見て下さい。
小さな赤い扉の祠があります、天王社かい?
覗いて見ると中には黒光りした石の男性シンボル(でいいんだろうか)が安置されています。
煩悩まみれのおやじの見立て、違っているかもしれない。
軒下の札に「おさすりさま」とあります、謂れを調べて見るも手掛かりは見つからない。
先端をさすると何かしらの御利益があるようだ。
怪しい物体の前に盛砂が盛られ、綺麗に砂紋が描かれています。
鐘楼脇の石像群、はっきりしないけれど行者の上に彫られているのは御嶽講のシンボル山丸三かもしれません。
盛砂の脇に「瑞雲寺沿革」の碑があります。
弘法大師の頃、仏法盛行となり祠人の一人が仏門に入り僧となったのが寺のはじまりで、西暦765年頃と伝わっています。1438年(永享十)臨済宗妙心寺派僧・雲叔和尚により開山された。
江戸時代は寺領420石を有していた。
尾張長久手の合戦(1584年)で焼失、1625年(寛永2)に大裕休禅師により復興させる。
それも1727年(享保12)に再び焼失するも、翌年13年に再建された。
2002年(平成14)に本堂、庫裡を再建し現在に至る。
420石と云われてもピンとこないけれど、いっこうに届かない10万よりは多そうです。
ざっくり計算で一石(米150kg)、普段買われる10kgの値段で考えると1石が7万前後。
庶民の年間生活費を考えないと分からないけど、結構な寺領です。
本堂全景。
入母屋瓦葺、大棟には山号の「龍光山」が施され、ここにも五三の桐紋が施されています。
本堂から庫裏方向を眺める。
本堂の額には「瑞雲禅寺」とある、当日は法要があるようで、気になる銅鐸や本堂内など拝観させて頂くのは控えた事もあり銅鐸の所在は分からずです。
瑞雲寺HP(https://zuiunji.com/)で銅鐸ペーパークラフトなるものがシェアされていました。
これでも作ってイメージを膨らませるか。
本堂左に小さな堂。
額に記されているのは「梅きょう?」と読むのか?、意味は・・・・・分からない。
内部には不動明王、弘法様が祀られていますが、中央の一刀彫の仏像群が気になる。
本堂南の四脚瓦葺の入母屋の鐘楼と梵鐘。
墓地入口の方型の堂、内部には鬼の面や不動様、観音様、狸なとが所狭しと安置されています。
上
境内の観音菩薩像
下は清心行者碑
御嶽信仰の覚明系の清心講(心願講)の始祖、清心行者を称えたものなのでしょう。
境内西側に四国巡礼記念に安置されたものでしょう、千手観音、如意輪観音など石仏が安置されています。
貴船神社の「神領銅鐸」お目にかかる事は出来ませんでした。
瑞雲寺
宗派 / 臨済宗妙心寺派
山号 / 龍光山
開創 / 1429年(永享元)
本尊 / 薬師如来
住所 / 春日井市神領町1-11-4
公共交通機関アクセス / JR中央線「神領」駅から徒歩15分
貴船神社から徒歩アクセス / 西へ徒歩5分程
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