愛知県 知多四国巡礼 第14回: 秋葉社

知多市八幡小根の袋小路に鎮座する秋葉社。
鎮座地は知多新四国八十一番札所龍蔵寺付近の常滑街道西側にあたり、旧八幡村集落の北側に鎮座します。

明治11年(1878)に平井村、中島村、迫間村、堀之内村が合併し、八幡村となり、大正11年(1922)に八幡町大字八幡、その後も編入を繰り返し昭和45年(1970)に知多市大字八幡となった町。
 大正当時の地図では、ここから西は波打ち際が迫る海辺の町だったことが分かる、それも埋め立てが進むとともに海辺は見えなくなり、今では美濃川が当時の名残を感じさせる程度。

今回取り上げる秋葉社は、国道155号線(常滑街道)の小根交差点から、漁師町を思わせる細い路地を西に入った交差点角に鎮座しています。
 龍蔵寺を目指していたので、社頭前を通りがてら写真に収めたもので、詳細は良く分かりません。

秋葉社社頭全景。
 玉垣の寄進年「大正十三年」だけは目に止まりましたが、それ以外の寄進物の年代は不明です。
神明鳥居の先には石垣が積まれ、その上の玉垣で囲われた本殿域の扉には、秋葉さんを象徴する赤い楓紋が入れられています。
 石段の左に「正一位秋葉大権現」と刻まれた石標も建てられていました。
本殿は瓦葺の流造のように見えます。
 創建時期を調べたものの、愛知県神社庁に登録はなく、地史を見ても情報は得られず定かではなかった。

秋葉社の左の社は、社名札がなく社名は分かりませんが、後方の祠の棟には「水」の文字が入っており、火伏の神 秋葉社と共に海辺で肩を寄せ合う集落の鎮守として祀られたのだろう。
 右手の祠は地蔵堂だろうか。
偶然通りがかった古い町並みに鎮座する秋葉社、今も大切な存在なんだろう。
今回最後の札所となる八十一番 龍蔵寺は社頭から右に進んで、次の路地を右に入れば到着です。

愛知県 知多四国巡礼 第14回: 秋葉社
創建 / 不明
祭神 / 秋葉大権現
境内社 / 不明社あり
所在地 / 知多市八幡小根44-1
栖光院から秋葉社 / ​常滑街道を越え800m、約10分​​。
参拝日 / 2026/03/28
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 八十番札所 鳴海山 栖光院

佐布里井洞脇前の多度神社から、八十番札所 栖光院までは、佐布里パークロードを1.5kmほど下流の​​阿原橋にむかいます。
​​ 阿原橋から左に進み、途中、八幡新町の御嶽神社の社頭を見かけましたが、石段の多さから横目に見ながら八幡字観音脇地内に鎮座する栖光院に向かいました。
多度神社から八十番札所 栖光院までは40分​ほどの道のりです。

御嶽神社の西側で右に曲がり直進し、尾張観音池が見えてくれば、その先が八十番札所 栖光院です。
 写真は尾張観音池の北側から眺めた栖光院の全景、境内に聳える楠の巨木がこの寺の象徴かもしれない。

参道入口から眺める仁王門。
 両脇に塀はなく、門だけがポツンと佇んでいます。
門前には広い駐車場があるので、車で訪れても駐車場に困ることはないでしょう。

左右の間に安置されている金剛力士像。
 門の建立時期や像の制作年代など、調べておらず詳細は不明です。

仁王門に掛けられた山号額、その先に樹齢850年ともいわれる大楠が聳えており、その根は地表にまで現れ、参道や石垣にまで及ぶ勢いを持っています。
参道はここから緩やかな上りとなり観音堂・弘法堂に続きます。

太い主幹は上で幾つかに枝分かれ、樹高は優に25mを超えるのではないだろうか。
 この大楠の巨木は知多市の保存樹に指定されており、栖光院にはこの他に仁王門脇の黒松が指定されています。

参道を上り始めると右側に本堂と庫裏が建っています。

海鳴山 栖光院の由緒。
 『栖光院は、元亀年間(1570~1573)頃とされ、往時、海鳴山真言寺と称し、栖光庵・慈林坊を末寺に持つ一山だった。
天正五年(1577)、恵了和尚の時に栖光庵一寺に合併、曹洞宗に改められた。
 寛文二年(1662)に建立された観音堂にお祀りされる、本尊聖観音像は仏師春日の作といわれ、三十三年毎に御前帳される秘仏。
また、当寺から裏山に続く石段には「準四国八十八ヶ所」石仏が並んで安置されています。
 栖光院の「姿弘法大師」は別名を「影弘法」と称される。
大師像の祀られた茶所は巡拝者への接待のため、長年かまどの火を焚いていたとされ、ある時大師像を動かしてみたところ、煤けた白壁に像の跡が現れたことから、以来壁の補修の際はその部分を残して補修されてきたため、今も壁に残る像の跡は見ることができる。』

参道の先は、白壁に挟まれた石段が観音堂に続く。

石段脇の手水舎。
 楠は本堂の棟を超え、この高さから見ても眼下には収まらない。

石段正面の観音堂。

寛文2年(1662)に建立された観音堂。

堂内には釈迦誕生仏や十一面観音菩薩など複数の仏画が掛けられています。

本尊の聖観音像は三十三年毎に御前帳される秘仏。

観音堂(左)と弘法堂。

弘法堂の額は弘法大師とあり、右に犬に導かれ高野山を目指す大師の奉納額が掛けられています。

堂内の大師像。

大師堂の右に安置される石像群。

弘法堂右の斜面の上に堂が建てられていましたが、石段に躊躇い行くのは見送りました。

ましませる さとのなさへも てらもとの ほとけのくどく よにもあまねし


愛知県 知多四国巡礼 第14回: 八十番札所 鳴海山 栖光院
宗派 / 曹洞宗
本尊 / 聖観世音菩薩
創建 / 元亀年間(1570~1573)
開山 / 拙堂魯中大和尚
開基 / 智翁恵了和尚
札所 / 知多四国八十番札所
所在地 / 知多市八幡字観音脇25番地
多度神社から栖光院 / 信濃川沿いの佐布里パークロードを下流に向かい、​​約2.8km先の八幡字観音脇地内の栖光院まで40分​。
参拝日 / 2026/03/28
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 多度神社

佐布里五ヶ寺最後の七十七番札所 浄蓮寺の参拝を終え、門前の前の県道252号線を右に向かい信濃川に向かいます。

コースは、信濃川に寄り添うように北へ延びる佐布里パークロードを進む設定になっていた。
 護岸沿いの遊歩道には多くの樹木が植えられ、四季折々の花が楽しめるよう丁寧に整備されている。
この時期の主役はやはり桜で、満開の並木道を歩いてもらいたいという意図が感じられる。
 自然相手ゆえ思惑どおりとはいかなかったが、見頃には少し早いながらも、桜の花は参加者をやさしく迎えてくれた。

しばらく進むと、右手に神社の社叢が視界に入ってきた。
 残る札所はあと二つ。
時間にも余裕があったため、立ち寄ることにした。
 ただ、神社は信濃川の対岸にあるためすぐには渡れず、少し先の橋まで回り込んで渡り、県道254号線へ出て社叢を目指すことになる。

神社は佐布里字井洞脇前に鎮座する多度神社でした。
 上げ馬神事で知られる三重県多度町の多度大社の祭神を祀る神社。
web情報に「上げ馬神事で有名」と書かれているが、こちらで上げ馬神事は行われていません。

参道の入口には「村社 多度神社」と記された社号標が立ち、その先に石灯籠が一基据えられていた。
 右手奥には手水舎があり、境内へ入る前にここで手を清めることができる。

鳥居は石造の明神鳥居で、ここから石段を上がると社殿へと続いている。
 周囲は木立に囲まれ、県道脇に位置しながら、奥へ向かう参道は静けさが感じられた。
また、社地左側に境内社も祀られています、右手に写り込むのは佐布里会館で地域のコミュニティーの場になっています。

石段の途中から拝殿を望む。
 正面に拝殿が建ち、右手には社務所が続いている。
参道脇には石灯籠が並び、境内の桜がちょうど花をつけていた。

落ち着いた雰囲気の境内は、玉砂利の参道の先に篝火台が据えられ、拝殿の前には狛犬が一対置かれている。
 社殿は背後の杜に寄り添うように建てられていた。

拝殿の前には大正十二年に寄進された一対の狛犬が境内を見守るように据えられている。

僅かに開いた扉越しに内部をのぞくと、腰壁から上は蔀戸になっているようで、正面に御幣らしきものが見える。
 普段は暗い拝殿内も、祭礼時には蔀戸が開けられ、陽射しの差し込む明るい空間になると思われます。

拝殿の背後には石垣の上に本殿域が設けられ、本殿と両脇の境内社が木立に囲まれるように鎮座している。

本殿域全景。
中央の本殿は流造で、左右に神明造の境内社が祀られています。
 境内社は社名札が見当たらず不明です。

尾張徇行記 (1976再販)には「一社二区、覚書ニ富士権現 山神社内六反五畝十歩 前々除
 〇庄屋書上ニ 氏神二社 境内六反歩御除地
一社ハ 富士浅間 此社勧請ノ年紀ハ不詳 大永七年丁亥再営アリ
 一社ハ 多賀大明神 元和七年辛酉ノ勧請ナリ 山神社内五畝十歩御除地、寛永年巳丑ノ勧請ナリ」
とありますが、いずれにも該当しないと思われ、周辺を検索したが諏訪神社はあるものの、ここに記されている神社は見当たらず定かにはならなかった。

愛知神社名鑑(1992)は多度神社について以下のように纏めていました。
 『十二等級 旧指定村社 多度神社
鎮座地 知多市佐布里字井洞脇前五一番地
 祭神 天津日子根命、於加美命
由緒
 創建は明らかでない。古くは五社明神と称した。
慶応二年(1866)諏訪神社の多度権現社と合祀し、明治後五社ノ社は末社となった。
 明治四十年十月二十六日、供進指定社となる。
同年字上加世端 無格社 清龍神社を合祀した。
 例祭日 十月十日
社殿 本殿 流造、拝殿、社務所
 特殊神事
例祭日に当社と諏訪神社(佐布里森下地内)との間に隔年 渡御の神事あり』

これからすると当社は五社明神としてはじまり、ここから0.5kmほど西に鎮座する諏訪神社(佐布里森下地内)の多度神社を迎えた後に、五社明神は境内社 五社ノ社として祀り、清龍神社が祀られたようだ。
渡御の神事が現在も継がれているのかは定かではなかった。

城壁のように積まれた石垣の上に鎮座する多度神社、拝殿左から下の境内に下りる石段が伸びています。

広い境内の奥には養蠶(こかい)神社が祀られています。

養蠶(こかい)神社本殿。
 板宮造りで、稀に境内社のひとつとして小さな社を見かけますが、単独でこうして祀られるのは珍しいかもしれない。

信濃川右岸の井洞脇前地区に鎮座する多度神社、対岸の高みに鎮座する諏訪神社とは古くから所縁があるようだ.....そちらも立ち寄っておくべきだったか。

愛知県 知多四国巡礼 第14回: 多度神社
創建 / 不詳
祭神 / 天津日子根命、淤加美命
境内社 / 不明社二社(五社ノ社、清龍神社か?)、養蠶神社
氏子域 / 佐布里、佐布里台
祭礼 / 十月スポーツの日
所在地 / 知多市佐布里字井洞脇前51番地
浄蓮寺から多度神社 / 信濃川沿いの佐布里パークロードを​北に850mほど、約15分程​。
参拝日 / 2026/03/28
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十七番札所 雨宝山 浄蓮寺

佐布里五ヶ寺最後の寺となる、七十七番札所 雨宝山浄蓮寺は、正法院から徒歩2分程の地蔵脇地内の入口に鎮座します。

写真は地蔵脇地内の車道から望む七十七番札所 雨宝山 浄蓮寺の伽藍全景。
 後方は竹を含む雑木林になっており、地蔵脇を取り囲む里山の北外れに位置し、左に県道252号線が東西に延びています。

七十七番札所 雨宝山 浄蓮寺門前から境内の眺め。
 主な建物は、境内左手の手水舎、弘法大師を祀る本堂、右手の庫裏になります。
今回の歩いて巡拝知多四国の梵字カードはこちらの境内で配布されました。

寄棟瓦葺の本堂には、弘法大師像と本尊の不動明王が安置されています。
 
ガイドブックの浄蓮寺由緒から抜粋した内容は以下になります。
 『浄蓮寺は、雨乞山如意寺の一坊として開創され、明治の初めの神仏分離により、真言宗豊山派浄蓮寺となりました。
現在は札所五ヶ寺が並ぶ地蔵脇の入口に佇んでいる。
 七十七番は喜寿に通じることから、そうした節目に参拝される方もあるという。
本堂は、天明元年(1781)に建立され、天保十一年(1840)には屋根の葺き替え、さらに昭和六十年にも修復改築が行なわれた。
 地元の人びとによって大切に守られてきたと伝えられる建物は、平成十五年より節分行事が再開されたことから、平成十八年に参拝者を風雨から守るため本堂の庇を大きくした。
浄蓮寺は、かつて、弘法大師が立てた杖から芽が出たという裏山の竹藪から採った竹を、砂で磨き天日干しし、御祈祷した後に参拝者に授けたという「中風除箸」で知られる。』

浄蓮寺本堂の寺号額と鰐口。

堂内中央には本尊の不動明王、右側には弘法大師像が安置されています。
 こちらの参拝を終えると、次の第80番札所 栖光院は、すぐ東側を流れる信濃川沿いを4kmほど下り、知多市八幡観音脇地内に向かいます。

きよきはす うてなのうえにうまれんと うごかぬこころ ほとけともみん

今回頂いた梵字カード。
 溜まる一方だった梵字カードの台紙引換券、今回こちらで休憩中に当たりと縁遠い方にお会いし全て差し上げた。

愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十七番札所 雨宝山 浄蓮寺
宗派 / 真言宗
本尊 / 不動明王
創建 / 元暦元年(1184)
開基 / 不詳
中興 / 憲誉法印
札所 / 知多四国七十七番札所
所在地 / 知多市佐布里地蔵脇30
参拝日 / 2026/03/28
正法院から浄蓮寺 / 地蔵脇地内の車道を右に​徒歩2分​。
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十三番札所 雨宝山 正法院

前回掲載した七十五番札所・雨宝山誕生堂から、正面の石段を下りると七十三番札所・雨宝山正法院の境内に降り立ちます。

正法院の手入れされた境内には、梅の名所・佐布里を思わせるように梅が植えられており、開花の季節には写真とは異なる華やいだ表情を見せてくれるだろう。

正面から眺める入母屋瓦葺の本堂は、軒先へと緩やかに下る屋根勾配が印象的で、端正な姿を見せている。
由緒  
正法院は、後鳥羽天皇の勅願寺として元暦元年(1184)に創建され、如意寺一山九坊の本坊を務めた寺院で、当時は壮大な伽藍を有し、多くの傑僧を輩したと伝わる。
室町時代の応永年間(1394〜1428)には風害により寺門が大破したが、憲誉僧都が再興に尽力し、中興の祖となった。
しかし、その後幾多の兵火で古書や寺宝など焼失したとされます。
明治の廃仏毀釈により一山四坊となったが、今も佐布里の地で法灯を守り続けています。

本坊である正法院は、現在、七十六番札所如意寺と七十五番札所誕生堂の管理も行っています。
本堂は平成に入り、天井や襖に龍や花鳥風月、六地蔵などの絵が描かれ、内部の趣が大きく改められています。

黄金色に輝く厨子の中に本尊の地蔵菩薩、その前に大師像が安置されています。
拝所に吊るされた紐は大師像と結ばれており、それを手に取ることで大師と結縁できるとされる。

境内から手水舎、山門の眺め。
 手水鉢の横には素朴な表情の地蔵が安置され、訪れた参拝者を見守っています。

山門入口にも地蔵堂が祀られています。

七十三番札所 雨宝山 正法院の門前の眺め。

地蔵脇地内の車道から伽藍全景を望む。右手の高みに直前に参拝した誕生堂が写り込んでいます。
 佐布里五カ寺最後となる雨宝山浄蓮寺は、ここから150mほど左の地蔵脇地内入口に鎮座します。

ひとすぢに ただしきのりの みちゆかば まよいのゆめも やがてはれなん


愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十三番札所 雨宝山 正法院
宗派 / 真言宗
本尊 / 地蔵菩薩
創建 / 元暦元年(1184)
開基 / 不詳
中興 / 憲誉法印
札所 / 七十三番札所
所在地 / 知多市佐布里地蔵脇30
参拝日 / 2026/03/28
誕生堂から正法院 / 誕生堂から​徒歩1分​。
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十五番札所 雨宝山 誕生堂

前回掲載した雨宝山 密厳寺、今回は薬師堂裏手の高みに鎮座する七十五番札所 雨宝山 誕生堂になります。
 道は密厳寺境内の薬師堂から左に出て、農道を右に向かうとすぐ右手に細い参道が続いています。
そこを上っていくと誕生堂に至ります。

写真が農道から見た坂の入口で、左側に「第七十五番」の石標が立てられています。
 農道正面に見えている建物は七十三番札所 雨宝山 正法院で、そのまま直進すれば正法院境内に続いており、境内には誕生堂に続く急な石段もあります。

誕生堂へ続く坂沿いには、年代不明の石仏が連なっています。

誕生堂全景。
 愛知用水の調整池、梅の名所として知られる佐布里池の西側に位置し、里山に囲まれた地蔵脇地内の如意寺一山四坊の中では最も高い場所に鎮座します。
傾斜地を開いた僅かな境内に、入母屋瓦葺きの小堂が建っていますが、仰ぎ見る堂は見た目以上の存在感を感じます。
 七十五番札所 雨宝山 誕生堂は本尊に弘法大師をお祀りする真言宗の寺院で、誕生堂の名の由来は本四国霊場七十五番札所の善通寺が弘法大師誕生の地とされることに由来するという。
知多四国が開創された当時の七十五番札所は、如意寺一山の泉蔵坊に置かれた。
 明治六年(1873)、当時無住無檀の泉蔵坊は廃寺となり、如意寺の本坊である正法院境内の山上に堂が建てられ、大師像を安置したことが誕生堂のはじまり。

護摩堂の様相が強い薄暗い堂内、その中央に厨子に納められた弘法大師が安置されています。
 参拝を済ませ、堂の前の急な石段を下り正法院境内に向かいます。

境内から見上げる油断ならない石段と誕生堂。
 納経印はこちらの正法院で頂きます。 

いつまでも いろはにほへど こうぼうの とくはことばの はなぞめでたし

愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十五番札所 雨宝山 誕生堂
宗派 / 真言宗
本尊 / 弘法大師
創建 / 明治六年(1873)
開基 / 不詳
開山 / 不詳
札所 / 知多四国七十五番札所
所在地 / 知多市佐布里地蔵脇30
参拝日 / 2026/03/28
密厳寺から誕生堂 / 薬師堂から​徒歩1分​。
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愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十四番札所 雨宝山 密厳寺

前回掲載した佐布里5カ寺ひとつ如意寺。
 朱色の山門を出た向かいに鎮座するのが七十四番札所 雨宝山 密厳寺になります。

密厳寺伽藍全景。
 伽藍は写真の山門と正面の本堂(大師堂)、薬師堂、右側の庫裏が主要なものになります。

南側は白い袖壁が写真の薬医門につながり、真言宗雨宝山密嚴寺の寺号標が立てられています。
 もともとは一山八坊の密嚴坊が現在の密嚴寺の前身になります。

山門をくぐった境内右側の白山社、天神社。
 天神社の建替時、古い社から元禄時代のお札が見つかったようで、古くから崇敬されおり、絵馬掛けには合格祈願の絵馬が多数掛けられています。

寺宝解説板。

 御本尊の木造十一面観世音菩薩立像は、平安時代後期の作と推定される一木造。
高さは62cmで、見るからに愛らしく、目も鼻も口も一木造のよさをいかし人間味あふれる表現がされているとのこと。知多市指定文化財となっています。

本堂(右)と薬師堂。
 ガイドブックより密厳寺由緒抜粋。
密厳寺は、後鳥羽天皇の勅願寺として元暦元年(1184)に創建された雨宝山 如意寺の一坊として開創された。
 今は山間に水田と一山四坊が並ぶ当地で、如意寺本堂の次に奥まった場所に立地しています。
古くから、近郷には「佐布里の祈願所」としてなじみ深く、多くの村人の祈願を受けてきたという。
 明治十年には、この地区にあった薬師堂が当寺の境内に移され、「家内安全」「諸病平癒」「安産祈願」など、諸願成就の寺として信仰を集めている。
また、御本尊の十一面観世音菩薩は、知多市で最も古い仏像のひとつで、市文化財に指定されている。
 境内には、白山社、天神社も祀られており、天神社には学業成就を願った多くの絵馬が奉納されています。

本堂には本尊の十一面観音菩薩、弘法大師、不動明王を安置する。

薬師堂。
 名の通り薬師如来を安置する堂で、外壁に干支の守り本尊が祀られている。
次の七十四番札所は薬師堂の左から細い道に出て左に進み、右手の斜面に続く石段を上った先になります。

知多の里梅咲き香る蜜厳寺 現世の利益受けぬ者なし
 
愛知県 知多四国巡礼 第14回: 七十四番札所 雨宝山 密厳寺
宗派 / 真言宗
本尊 / 十一面観世音菩薩
創建 / 不詳 (元暦元年(1184)ともされる)
開基 / 不詳
開山 / 憲誉上人
札所 / 知多四国七十四番札所
所在地 / 知多市佐布里地蔵脇24
参拝日 / 2026/03/28
如意寺から密厳寺 / 如意寺山門から​徒歩1分​。
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