春日井市小木田町「小木田神社」
小木田町の名由来はこの神社からついた町名だという。
小木田神社社頭全景。
境内を取り囲む様に杜があり、石の神明鳥居と左に社号標があります。
訪れた際は社頭の前の狭い通りは、以外に交通量が多い印象を受けました。
また参拝者駐車場は見かけませんでした。
社頭左に立派な花崗岩のプレートに小木田神社の由緒が刻まれていた。
「神社名 小木田神社
鎮座地 春日井市小木田町147番地。
祭神 大己貴尊、素戔鳴尊、少彦名尊。
合祀の御祭神 興津比古命、菅原道真。
祭礼日 4月16日
沿革
当社の創建は定かではないが、古伝によれば養老3年(719)という。
明和5年(1768)に再建した棟札がある。
郷社であり、古く天王社と云われた。
小木田の名はかつては村名となったこともあるが、篠木荘中の古村であった。
天 ?2年に境外社であった林島の荒神社と? 大臣の天神様とが本社に合祀され、関田村の産土神として多く???から崇められてきた。
尚、県指定無形文化財の源氏天流棒の手が祭礼に奉納されている。
境内末社
神明社、天神社、熱田神宮、金比羅社、荒神社、八幡社、秋葉社」
読みにくい部分もあるけれど、しっかりと書かれていてわかりやすい。
鳥居の先の狛犬。
狛犬も派手な彩色が施されたものを見かけるけれど、個人的に好きにはなれない。
僅かに彩色がされ、これくらいなら許容範囲の上品な化粧。
境内左に自然石の手水鉢、緑鮮やかな楓の木が手水舎だ。
手水鉢から拝殿方向の境内の眺め。
この時期の緑はしっとりとしながら鮮やかで、目には優しいものがある。
上
境内右の覆屋、その下に正方形の石枡。
下
同じく境内右外れに義勇奉行公碑。
源氏天流棒の手碑
棒の手、主に棒を使った武術的な民俗芸能で、尾張や三河に多くの流派が伝承されています。
源氏天流とは、清和天皇の子孫源義家を流祖とされ、戦国時代の実践的な古武道の型をそのまま伝えた豪快な点が特徴とされるそうです。
明治時代になって現在の名古屋市守山区から春日井市の旧関田村(現在の小木田町)に伝わったようだ。
小木田の棒の手は、源氏天流の棒の手復興に努力した河野萬三郎義次、加藤平輔義平などが明治21年(1888)に相伝目録3巻及び免状1巻を小木田神社に奉納したことにはじまるという。
現在「小木田町源氏天流関田棒の手保存会」が保存・伝承活動を行っているそうで、毎年、地域の氏神である小木田神社とここから少し西の貴船神社、名古屋市熱田区の熱田神宮の祭礼には棒の手を奉納しているという。
境内左に注連縄が吊られた小さな堂。
雨が降る中、地元の方が本殿とこちらで手を合わせていく姿を見かけました。
堂の左右に石塔と二体の石像が安置されています。
解説らしきものはなく、像はどちらも風化は激しく像容は分かりません。
拝殿全景。
社殿はコンクリート工法で作られた新しいもの。
左に狛犬が見えますが、これは末社を守護するもので、拝殿前に狛犬は配されていません。
切妻平入拝殿に向拝が施されています。
拝殿の扁額と拝殿、幣殿の眺め、桐が神紋のようです。
拝殿左に境内末社が纏められている。
末社の左に注連縄がかけられた石標があり、文字は刻まれているが全てが読み取れず不明。
板宮造りの社が7社が並んで祀られています。
奥から順に神明社、天神社、熱田神宮、金比羅社、荒神社、八幡社、秋葉社。
末社から見た本殿、外削ぎの千木と鰹木が見られる。
上
拝殿から鳥居方向の境内の眺め。雨の日の境内はこんな感じです。
下
拝殿の西側に脇参道があり、鳥居の先は小木田公園になります。
「小木田神社」創建は不明ながら、この辺りの産土神として今も崇敬され、源氏天流小木田棒の手と共に次の世代に受け継がれていきます。
2020/06/13
「小木田神社」
創建 / 不明、1768年(明和5)の棟札が残る
祭神 / 大己貴尊、素戔鳴尊、少彦名尊
境内末社 / 神明社、天神社、熱田神宮、金比羅社、荒神社、八幡社、秋葉社
住所 / 春日井市小木田町147
公共交通機関アクセス / JR中央線春日井駅から北に徒歩10分程