海岸近くまで山が迫る尾道、大宝山山頂と麓を結ぶ千光寺山ロープウェイはこの辺りを歩くと何処にいても視界に入ってくる。
良(ウシトラ)神社に訪れる目標はロープウェイの麓駅を目指せばいい。
尾道市役所駐車場から西方向に進み、住吉神社から北方向の山陽本線を越えると駅は近い。
艮(うしとら)神社社頭。
右の看板が示す様に千光寺山ロープウェイ麓駅の西隣りに社頭を構えている。
社頭左に良神社社標と注連縄の架けられた1841年(天保11)に寄進された鳥居がある。
そのすぐ背後の石の鳥居は笠木の曲線が強く、笠木中央に唐破風の屋根が付き、その下に「良宮」と記された額が付く。
鳥居の左の柱には1660年(萬治3)と刻まれていた。
木製の破風の下に掛けられた額も木製。
派手さはないがシックで重厚感のある味のあるもの。
鳥居から石畳の参道が神門に続く。
参道右の艮神社由緒。
・祭神 伊邪那岐命、天照大御神、素戔男命、吉備津彦命
・例祭 10月初旬
・本殿 三間社神明造、銅板葺(間口三間、奥行二間)
・天然記念物 大楠4本
・大同元年(806)の創建とされ、火災により文明7(1475)平盛祐が再建。
・文禄4年(1595)本殿葺替、慶長16年(1611)再興、寛文6年(1666)に本殿・拝殿造立、元禄2年(1689)葺替、宝永2年(1705)本殿・幣殿造立など度々の造営があった事が棟札より知れる。
参道中ほどにも注連縄鳥居があり、その先は神門に続く。
四つ足で切妻銅板葺で屋根の平側前後に唐破風が付けられている、棟には5本の鰹木と外削ぎの置き千木が付く。
神門左に境内社の稲荷社。
詳細は不明。
参道を挟み稲荷社と向かい合う様に祀られる境内社。
瓦葺の流造で小さいながら大棟には鯱が乗る立派な社、社名札は見当たらず詳細は分からない。
神門の全景、建立年代など詳細は不明。
神門から境内の眺め。
境内はほぼ天然記念物の4本の大楠に包まれていると云ってもいい。
社殿上空を千光寺山ロープウェイが大宝山山頂まで架けられている。
ロープウェイは神社の上空を通過し大宝山山頂まで所要時間3分。あっという間です。15分間隔で運行され、片道500円、往復700円の料金。
お勧めは行きはロープウェイ、帰りは30分程かけて下山する事をお勧めします。
頂上から尾道の眺望を楽しみ、中腹から麓にかけて千光寺参拝や猫の細道を見て廻れば普通に麓の良神社に到着します。
境内は山の傾斜をそのまま生かし何段かに分かれて社地が作られています。
正面の石段左に手水舎、右に境内社の明神鳥居がある。
手水舎と手水鉢。
ここでは龍ではなく蓑を被った亀が清水を注いでいる。
亀とは言ったものの、玄武か神亀かもしれない、頭部に耳があり大きな鼻を持つ。
石段右の境内社。
鳥居には「塞神社」とあり、社前には小さいが精悍な目つきの狛犬が守護していた。
詳細は不明。
天然記念物の大楠が拝殿上空を覆う様に枝を広げている。
鮮やかなこの緑色も僅かな期間だけのものかも知れない。
祭神は伊邪那岐命、天照大御神、素戔男命、吉備津彦命
本殿は神明造
創建は806年(大同元年)と伝えられ、火災で焼け落ち1475年(文明7)に平盛祐が再建。その後も1595年(文禄4)本殿・拝殿葺き替え、1611年(慶長16)再興、1666年(寛文6)に本殿・拝殿造立、1689年(元禄2)に葺き替え、1705年(宝永2)に本殿・幣殿造立など棟札が残存する。
古社を象徴する巨大な楠。
この他にも天然記念物の大楠が緑の天幕となり社地全体を覆っている。
推定樹齢1000年とも云われる巨木で、上空を行き交うゴンドラに届くような勢いがある。
拝殿全景。
切妻妻入り拝殿で向拝が付く、丸に亀甲四方花菱が神紋の様だ。
拝殿前には一対の狛犬が守護している。
その前に石段脇に目を転じる、そこには見るも無残な姿の狛犬が一対。
これを狛犬としてすぐ気付く人は多くはないかもしれない。
寄進年度も識別不能でかなりの年代を感じさせる、拝殿域を今も現役で守護する姿に哀愁を感じる。
境内右に境内社が纏められている、少なくとも6社はありそうだった。
写真はその右半分の眺め、右の鳥居の先には遥拝石が建てられていた。
訪れた当日は拝殿に続く参道以外はロープが張られ立ち入り制限されていた。
上の写真の左側の境内社。
左の石段の先にも鳥居があり社が祀られているようだが見通しが効かず詳細は分からなかった。
拝殿左側の境内社、右側以上に複数の社が入り組んで祀られている。
右の鳥居の後ろには注連縄が張られた大きな岩がある、趣から磐座?と思いたくなる堂々とした佇まい。
左の鳥居には唯一「金山彦神社」と記されているが、この一画だけでも4社は祀られている様子。
こちらも立ち入りが制限され参拝して回る事は出来なかった。
拝殿前を守護する狛犬。
目鼻立ちのフォルムが強調されたもので肉付きがいい。
髪はロン毛で阿形の方はカールまで施し身だしなみに気を使っているようだ。
1800年(寛政12)当時のトレンドだったのか。
上
向拝の外削ぎ千木と拝殿の内削ぎ千木の眺め。
拝所から本殿方向の眺め。
由緒には伊邪那岐命、天照大御神、素戔男命、吉備津彦命の四柱の神を祀るとある。
境内社を参拝できなかった分ここは賽銭をはずんでおこう(五重縁)
ひょっとしていい事もあるやもしれない。
さて社殿の全景・・・となるところ、これがなかなか一望できる場所が見当たらない。
諦めて千光寺を参拝し下山途中の猫の細道から社殿を見渡す事が出来た、以下はそこからの眺め。
本殿。
神明造で5本の鰹木と内削ぎの千木が付く、屋根は銅板葺。
拝殿と境内社。
上
瓦葺の流造の社は恵美須神社、猿田彦神社、豊玉彦神社の相殿。
下
銅板葺で外削ぎの千木が付く流造の社、朱の鳥居を構える事から稲荷社と思われます。
すっきりしないので大日本名所図録 広島県之部に目を通してみたがスッキリしなかった。
上
神門から千光寺山ロープウェイ麓駅。
ロープウェイから緑の天幕と神門を上から眺める。
それにしても良く神社の上に架けたものだ。
大宝山の麓に楠の巨木に包まれ鎮座する艮神社、鬼門封じとしてその名が付くとすると、その反対側は尾道という事だろうか。
所在地 / 広島県尾道市長江1-3-5
関連記事 /