『八幡神社』岐阜市八幡町

岐阜市八幡町「八幡神社

岐阜の玄関口岐阜駅から徒歩10分程の場所にある金公園。
そこから東に1分程の住宅に囲まれた一角の八幡町15に「八幡神社」は鎮座します。
八幡と付く町名はよく耳にしますが、そうした八幡の町の由来の多くは地内に八幡神社が鎮座することに由来する例が多いものです。
県外に住む者から岐阜の八幡町というと、郡上市の八幡町を思い浮かべてしまいます。
岐阜駅から近いこの八幡町はあまり馴染みもなく、八幡神社がある事すら知りませんでした。

たまたま金公園で開かれていたイベントで訪れ、八幡神社に立ち寄ってみたらそこが八幡町だった。

八幡神社社頭。
街中に大きな樹々が聳え杜を形作り、南北に長い社地に南を向いて鎮座します。
社頭左に赤い鉄柵に囲われた小さな不明社、正面に石造の明神鳥居を構え、鳥居左側に大正4年(1915)に寄進された「八幡神社」の社標が建てられています。

鳥居扁額。
当日は参拝に訪れる方の姿もなく、閑散とした境内ですが、奇数月の第一土曜日に市が開かれるようで、その日ばかりは境内は人で賑わうようです。

社殿全景。
大きな楠木の下に切妻瓦葺の拝殿とその先の本殿と両脇に摂社が祀られています。
当神社の由来について岐阜県神社庁では以下のように解説されていました。
「当社延喜年間(901~923)に一祠を創立し、その後暴風のため古社破壊す。
其の後宝徳三年(1451)岐阜稲葉山の城主斉藤越前守利永普請奉行を以て右社を再建す。
然るにその後又風雨のため傾斜するにより改めて建立すと言えども、事実不詳。
さらに第二次世界大戦にて被爆焼失するも、再建し現在に至る。
その昔、織田信長(1534~1582)が此の社を休憩所とし、枇杷を食し「枇杷を家紋とせよ」と賜う。
その後も織田信長の庇護を受ける。
主祭神応神天皇摂末社安閑天皇、祖神」とある。

地史は調べてはいませんが、これからすると見た目から想像できない長い歴史を持つ神社のようです。

参道脇の狛犬(寄進年未確認)

拝殿から本殿域。
左に太い幹の楠木が聳え、社の姿を遮っていますが三社が並んでいます。

流造の三社が祀られていますが、本殿は中央としても左右の摂末社には社名札はなく、摂末社安閑天皇、祖神がどちらなのか、創建時期等は定かではない。

本殿域で見かけた二つの石。
原形がイメージできませんが、人の手で刻まれた跡が残り往古の狛犬だろうか。

目を見張る派手さのない、小さな神社かも知れませんが、武勇に秀でた信長も訪れたいう長い歴史を誇るのが八幡神社です。


八幡神社
創建 / 延喜年間(901~923)
祭神 / 応神天皇
例祭 / 4月4・5日
所在地 / 岐阜県岐阜市八幡町15
名鉄岐阜駅から徒歩 / 名鉄岐阜駅前から​国道157号線を北へ10分程
関連記事 /
『金神社』岐阜市金町
・​『縣神社』岐阜市県町