『漢女(からめ)神社』物部神社境外摂社

全国の一宮を廻り始めて何年目だろうか、随分と日本地図を塗り潰してきましたが、プランを練るかみさんも徐々に苦労しているようだ。

一宮とは旧国名のなかで最も格式の高い神社のことを指し、その下に二宮、三宮とあります。
そうした神社が鎮座する地域には、地名として残る事もあります。

今回訪れた島根県の一ノ宮は壱岐の二社を除き、出雲大社熊野神社、そしてここ大田市川合町の物部神社の三社があります。
今回、島根県を二泊三日で訪れましたが、この日程では壱岐の二社まで廻り切れないので、出雲國一宮と、石見國一宮に的を絞っています。
あれ、もう一國は? 
理由はシンプル、出雲国の一之宮が二社あるから。
御朱印を収集するかみさんが「一國一社でいいんじゃない」とこぼすパターンで、この指標は理解しにくい。
鎮座地は、島根県西部の東西に長い石見國にあたり、 大田市を中心に東部を「石東」、浜田市を中心に中部を「石央」、益田市を中心として西部を「石西」と呼ばれ三分され、その石見國にあって最も格式が高い神社が物部神社
今回はその物部神社の境外摂社「漢女(からめじんじゃ)神社」を掲載します。

島根県大田市川合町の物部神社社頭に続く道路。
前方に見える三瓶山を背にして神社が鎮座します。

写真の交差点は、大田市中心部から国道375号線を10分前後南下した、川合地内の交差点。
左右を横切るのが国道で、大田市からだと右から来てこの交差点を左折します。
国道から左の見通しが利かず、道巾も狭いので小回りの利かない四駆やバスだと回れない、こんなに離れていても停止線は遥か手前に引かれています。
名古屋で普通に見られる横断歩道の上で信号待ちする車もなく、ルールが順守されているから、安心して左折できる。
他府県を訪れると地元名古屋の運転モラルの低さが恥ずかしく感じられる。

漢女神社の社頭は、そんな交差点を左折したすぐ右側に鳥居を構えています。

物部神社境外摂社 漢女神社社頭全景。
栞によれば、物部神社の境外摂社は当社と衣夜彦神社の二社があるようです。
そちらは、ここから約10分程細い道を入った山間に鎮座するようで、帰りに車で向かいましたが良く分からず諦めました。

社地の間口は狭く、石の明神鳥居(寄進年未確認)を建てるだけで精一杯の間口。
鳥居の先から石段を上がると広がりのある境内になります。

鳥居扁額は漢女神社。

境内には由緒等はなく、栞によれば祭神は栲幡千々姫命、市杵島姫命、抓津姫命が祀られています。
栲幡千々姫命は物部神社主祭神 宇摩志麻遅の祖母にあたり、織物の神様とされる。

御祭神は物部神社の御祭神宇摩志麻遅命の祖母にあたる栲幡千々姫命で機織りの神様です
物部神社の年中行事に7月7日に執り行われる特殊神事「七夕祭」があります。
七夕はもともと「棚機」といって、乙女が織った反物を神様にそなえ、諸願上達と人々のけがれをはらう神事でした。
物部神社の七夕祭は、期間中に短冊に願い事を書き笹に結び、漢女神社へ参詣し諸願上達を祈るのだという、笹は7月7日夜に物部神社境内で焚き上げされるようです。

本殿には3本の鰹木と内削ぎの置き千木が付き、切妻造の銅葺屋根で春日造りにも似ています。
辿り着けなかった衣夜彦神社は、静間川対岸のあの山の中に鎮座しているはずです。

物部神社境外摂社 漢女神社
創建 / 不明
祭神 / 栲幡千々姫命、市杵島姫命、抓津姫命
所在地 / ​島根県大田市川合町川合​1560
参拝日 / 2024/5/23
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