
地蔵院の前から東を臨むと、車では入り込みたくない細い路地が東に伸びています
ここは鎌倉街道です、雨で濡れた道路とそれに沿って住宅が立ち並ぶ光景は街道の風情が漂います
左の民家の先を良く見ると玉垣が見えると思います、呼続3丁目の「秋葉社」です
ここは鎌倉街道です、雨で濡れた道路とそれに沿って住宅が立ち並ぶ光景は街道の風情が漂います
左の民家の先を良く見ると玉垣が見えると思います、呼続3丁目の「秋葉社」です

幼稚園(黄龍寺)の敷地の南西角の一画
恰も社を祀るために作られた小さな空間、そこに綺麗に収められています
良く見かける社の周囲を壁の様に住宅が囲んだ風通しの悪い光景とは少し違い
東側と北側は幼稚園の園庭でカラフルな遊具が写り込んできます
恰も社を祀るために作られた小さな空間、そこに綺麗に収められています
良く見かける社の周囲を壁の様に住宅が囲んだ風通しの悪い光景とは少し違い
東側と北側は幼稚園の園庭でカラフルな遊具が写り込んできます

境内全景
街道北側に鎮座し、街道から一段盛られた境内の奥に石積み台座の上に社が祀られています
ここを行き交い、住まう人々を見守って来た、そんな佇まいを感じます

社全景
表札、榊立はないけれど、小さな境内は氏子の方により手入れされているようです
余談ですが、子供の頃に近所にあった小さな社のイメージに良く似ています
婆さんに連れられ境内の草むしりを手伝わされた記憶があります
神社当番があったのでしょうね
草むしりをしていると、普段は恐い雷おやじからお菓子がもらえたりしたものです
そうしてお互いの顔や名前を覚えられる、コミュニティーとなっていました
気が付いた頃には朽ち果てなくなってしまいました
ノスタルジーに浸るつもりはないけれど、朽ち果てたものはそれだけではなさそうです

社の左の石標は朽ち果て、表面に詳細を知るキーワードが刻まれているようですが読み取れません
(とても気になる)
石標の左に記念碑が置かれ、創建に係わったと思われる多くの方の名が刻まれています
秋葉社の創建は分かりません、記念碑に刻まれたクラシカルな名前から推測すると明治、大正ではなさそうです
後方の幼稚園は黄龍寺境内にあり、その角地に鎮座する秋葉社とも何かしら所縁があるはずです
山門まで足を延ばしましたが、山門をくぐるのは日を改め伺う事にします
「秋葉社」
創建 / 不明
祭神 / 不明
住所 / 名古屋市南区呼続3丁目11
アクセス / 地下鉄桜通線「桜本町」下車、西へ徒歩約6分程
海底山地蔵院から東へ25㍍程