西尾市吉良町宮崎宮前『幡頭神社』

「幡頭神社」
西尾市の南端、三河湾に突出するように岬がある、以前掲載した蛭子社が鎮座する蛭子岬です。
幡頭神社は蛭子社から海岸沿いに2~3分も歩けば参道口に至ります。
車は恵比寿海水浴場の駐車場に駐車すると近隣の迷惑にならないかと思います。

f:id:owari-nagoya55:20210220102322j:plain目印になるのは右手の郵便局「吉良宮崎郵便局」と後方の大きな松。
参道口はその左にあり、そこから正面に見える小高い山の頂に参道が伸びています。
右手には幡頭神社の石標も立っています。

f:id:owari-nagoya55:20210220102342j:plain参道は途中から石段に変り、その先に一ノ鳥居が見えてきます。

f:id:owari-nagoya55:20210220102401j:plain一ノ鳥居までくれば坂はこれで終わり、右手に「式内幡頭神社」の大きな社号標があり、そこからニノ鳥居まで石畳が真っすぐに続きます。

f:id:owari-nagoya55:20210220102422j:plain社号標の影に隠れる様に古い「延喜式官社 羽豆神社」の社号標。
「幡豆」「幡頭」「羽豆」・・・・・やっかいだ。変換がうまくいかない。

f:id:owari-nagoya55:20210220102439j:plainここまで登り南に視線を向ければ手前に吉良宮崎港と三河湾、その先に西浦方向を一望できる。
スカーンと晴れれば対岸もクッキリと見えるのだろう、生憎当日はこんな感じで霞んでいました。

f:id:owari-nagoya55:20210220102458j:plain鳥居から先の境内です。
参道は二手に分かれ、左に稲荷社、右にニノ鳥居。

f:id:owari-nagoya55:20210220102516j:plain大きな注連縄が吊るされたニノ鳥居をくぐれば境内。
正面に入母屋瓦葺の拝殿、右手は社務所

f:id:owari-nagoya55:20210220102535j:plainニノ鳥居「正一位幡頭神社」扁額。

f:id:owari-nagoya55:20210220102558j:plain境内左に神馬舎と手水舎、その奥は稲荷社。

f:id:owari-nagoya55:20210220102619j:plain幡頭神社拝殿。
左右に由緒碑や解説板が置かれ、石灯籠から先の拝殿、本殿は玉垣に囲われ、拝殿前に狛犬の姿もあります。

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幡頭神社社伝抜粋

幡頭神社本殿、神明社本殿、熊野社本殿解説。
どれも重要文化財に指定され、ここではそれらを遮るものなく間近で見ることができる。

f:id:owari-nagoya55:20210220102700j:plain拝殿前を守護する狛犬
一部に薄化粧され、阿形の歯並びの良さは羨ましい限りだ。

f:id:owari-nagoya55:20210220102721j:plain拝殿を斜めから眺める。
素木で彩色や彫飾り、飾り金具を排した素朴で落ち着いた外観。右手の社務所から廻廊で結ばれている。

f:id:owari-nagoya55:20210220102742j:plain拝殿に掲げられた額は「幡豆神社」
祭神は建稲種命、合祀は大物主命・誉田別尊を祀る。
由緒は古く、702年(大宝2)の創建と伝えられる式内社
祭神の建稲種命は東征の勅使を受けた日本武尊の旛頭の役を勤めたが、東征の帰路駿河湾で遭難、蛭子岬に遺体となって宮崎海岸に漂着したという、遺体は村人によりこの地に葬られたという。
それが神社の始まりとされるようです。
以来この地は幡頭といい、幡豆と書くようになったそうです。
足利尊氏今川義元が参拝したとも伝わる。

f:id:owari-nagoya55:20210220102805j:plain参拝を済ませ、拝殿左側に回り込むとそこに檜皮葺の本殿が並んでいます。
写真の左が熊野社本殿。
入母屋檜皮葺の妻入で正面に向拝、両側面に脇障子が付けられた春日造りに似た造り、八咫烏の姿は見かけなかった。
建立時期は定かではないようですが、幡頭神社本殿と懸魚などのデザインが似ている事から同時期と云われているようです。
祭神 / 伊邪那美神、速玉之男神、事解之男神

f:id:owari-nagoya55:20210220102826j:plain熊野社本殿の右が幡頭神社本殿で右に見えているのは神明社本殿。
幡頭神社本殿は1580年(天正8)に再建されたものとされ、桃山時代の優れた建築として国の重要文化財に指定されている。
屋根は大きく反り返った曲線が美しい桧皮葺きで、丸柱とそれを結ぶ長押、虹梁などは太くて力強さがあり、直線的な虹梁の絵様が小さく、蟇股の内部の彫飾りも素朴な作り、シックな佇まいをしている。
正面から側面に擬宝珠高欄(ぎぼしこうらん)が施された廻縁があり、両側面に脇障子が施されている。
祭神 / 建稲種命
合祀 / 大物主命・誉田別尊

f:id:owari-nagoya55:20210220102848j:plain普段は本殿の蟇股の彫や虹梁などなかなか近くで見られないものですが、ここは間近に見ることができる。

f:id:owari-nagoya55:20210220102910j:plain幡頭神社本殿右にある神明社本殿。
こちらへは熊野社の裏からか、社務所側から回り込むことが出来ます。

f:id:owari-nagoya55:20210220102930j:plain拝殿右手の社務所、ここから左に進むと本殿右の神域に続きます。

f:id:owari-nagoya55:20210220102959j:plain幡頭神社本殿と両脇の三社が横一列に佇む姿は落ち着いて調和がとれた美しい趣がある。
この他に境内社として二社が祀られています。

f:id:owari-nagoya55:20210220103023j:plain一番右手に銅葺屋根の「山住社」
大山積命を祀っているのか?詳細は分かりませんでした。

f:id:owari-nagoya55:20210220103046j:plain神明社本殿」
檜皮葺の流造で各部の装飾は幡頭神社本殿と通じるものがあり、こちらも建立時期は同じ時期とみられる。祭神 / 天照大御神

f:id:owari-nagoya55:20210220103109j:plain神明社本殿の左奥に「伊勢神宮

f:id:owari-nagoya55:20210220103130j:plain拝殿左の銅葺屋根の社は龍神社、瓦葺の建物内には複数の社と祭礼で使われる神輿が保管されています。

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内部正面右から秋葉神社津島神社金刀比羅宮石清水八幡宮の四社が祀られています。

大きさは子供神輿だろうか、飾り金具は手が掛けられている。

f:id:owari-nagoya55:20210220103215j:plain境内の稲荷神社、入母屋瓦葺の堂までは多くの奉納幟と鳥居が連なる。

f:id:owari-nagoya55:20210220103237j:plain奉納鳥居が続く朱色の空間を進みこちらにも参拝。
太からず細からず、適度な容姿の狛狐が堂を守護しています。
こうして纏めている時に気が付いた、正面の写真を撮り忘れていたようだ。

これで境内はひと回りした・・・・・はず。
檜皮葺のシックな本殿を間近で見ることも出来、十分に満足できた。

f:id:owari-nagoya55:20210220103301j:plain上は社務所から南の眺め、建稲種命の終焉の地となった宮崎海岸と三河湾が一望できる、

鳥居の先は進発の地となった知多半島、目と鼻の先です。
2021/1/15


幡頭神社
創建 / 702年(大宝2)
祭神 / 建稲種命
合祀 / 大物主命、誉田別尊

熊野社
創建 / 不明
祭神 / 伊邪那美神、速玉之男神、事解之男神

神明社
創建 / 不明
祭神 / 天照大御神

境内社 / 山住社、伊勢神宮龍神社、秋葉神社津島神社金刀比羅宮、石清水八幡、稲荷神社

住所 / ​西尾市吉良町宮崎宮前60-1
名古屋から車でのアクセス /   国道23号線⇒西尾東IC県道383号線⇒高河原交差点左折県道310号線⇒善明交差点右折国道42号線⇒新木田交差点左折県道317号線⇒鳥羽橋交差点左折国道247号線⇒鳥羽交差点右折県道316号線⇒吉良観光ホテル手前を左折⇒恵比寿海水浴場方向、 ​所要時間1時間45分​ 
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