越市小仙波町「仙波東照宮」
南院遺跡から北を眺めると、左前方に大きな仙波東照宮入口の立て看板が見えています。
徳川家康をお祀りする神社で、全国に100社以上あると言われ、日光東照宮、久能山東照宮に次いで仙波東照宮を含め日本三大東照宮(諸説あり)の一つに数えられることもあります。
その後寛永十五年(1638)正月の川越大火で延焼したが、 堀田加賀守正盛を造営奉行とし、同年六月起工、同十七年完成した。
当初から独立した社格をもたず、喜多院の一隅に造営されたもので、日光久能山東照宮とともに三大東照宮といわれている。
社の規模は表門(随身門)・鳥居・拝幣殿・中門(平唐門)・瑞垣・本殿からなっている。
本殿の前には歴代城主奉献の石灯籠がある。
なお拝殿には岩佐又兵衛勝以筆の三十六歌仙額と幣殿には岩槻城主阿部対馬守重次が奉納した十二聡の絵額がある。」
社殿全体が高く盛られ、境内からは石段を上ると社殿が建てられています。
拝殿の右手に緩やかな坂があり喜多院へ続きます。
随神門。
朱塗りの八脚門で左右の間に随神は安置されていなかった。
門左の解説は以下。
「重要文化財 建造物
その明神鳥居の柱と拝殿に続く石段。
この日は境内右で社務所の工事が行われており、鳥居前は人の出入りが多く、後から鳥居全景を撮るつもりでいたが全景を撮り忘れていた。
拝殿に続く石段。
拝殿前に葵の紋が入った扉がありますが、この日は固く閉じられていました。
この扉が開けられるのは日曜日の9:00~16:00まで、間近で拝観するにはその曜日を狙って訪れる必要があります。
しかし、社殿外周を取り囲む透塀の周囲は、歩道があり周回できるので全景は見ることができます。
拝殿正面。
幣殿は桁行二間 梁間一間で背面は入母屋造り、前面は拝殿に接続し、同じく鋼板本葺である。
内部も朱塗で美しく、正面に後水尾天皇の御染筆なる東照大権現の額が懸けてある。
記録によると寛永十年(1633)十二月二十四日とあって、東照宮創建当時に下賜された貴重なものとされている。
川越城主であった柳沢吉保や秋元但馬守喬朝の頃に大修復があったと伝えているが、松平大和守の弘化四年(1847)にも修復が行われたという。」
拝殿域、本殿域には歴代の川越城主より寄進された26基の石灯籠が立ち並んでおり、このうち拝殿域の左右に23基が配置されています。
参道右に立派な角を持つ龍の後ろ姿があり、その先に一対の狛犬の姿が見えます。
豆柴ほどの大きさでしかありませんが、斜めから見た姿は、互いに見つめ合う可愛い印象ながら、目を離すと飛びかからんばかりの勢いを感じます。
拝殿正面の鷹の透かし彫りと左右の木鼻には麒麟が施されている。
拝殿から本殿の眺め。
鬱蒼とした杜の木陰に包まれた朱塗りの社殿、陽が差し込むと朱は鮮やかに輝いて見える。
幣殿・拝殿を後方から眺める。
いたるところに塗装の剥がれや退色が見られ、塗りの修復が迫っているようだ。
「東照宮本殿・瑞垣・唐門 (国指定 建造物)
本殿内に安置されている円形厨子の中には、天海が彫作した冑を着け槍を右手に持ち、駿馬に騎っている家康公の木像が祀られている。
本殿の周囲に巡らす瑞垣は、本瓦葺で透し塀。
中央正面の唐門は、一間一戸の平唐門で銅瓦葺である。」
本殿も拝殿・幣殿同様に塗りの修復が迫っているようだ。
昨年川越市政100周年に併せ本殿が特別公開され、解説にある「冑を着け槍を持って、駿馬に騎っている家康公の木像」のご神体が初めて公開されたという。
初めての特別公開は諦めるとして、仙波東照宮をもう一歩近くで見るなら是非とも日曜日に訪れたい。
参拝当日は社務所の工事もあり御朱印も頂けず少し残念だった。
社殿から女坂を下り、厳島神社が鎮座する葵庭園を経て喜多院に向かう。
仙波東照宮
創建 / 元和三年(1617)
祭神 / 東照大権現
所在地 / 埼玉県川越市小仙波町1-21-1
南院遺跡から仙波東照宮 / 北へ徒歩1分程
訪問日 / 2023/9/25
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