油江天神社(名古屋市中村区中村町)

油江天神社。
素盞男神社を参拝し中村日赤駅付近までやってきました。
当初の予定は中村日赤駅本陣駅で地下鉄に乗り帰途に着く予定でいました。
ここで少しコースアウトして西に数分の場所に鎮座する油江天神社まで足を伸ばす。
鎮座地は中村日赤駅交差点から鳥居通りを越えて西進、一本目を左折、その先で右折し直進、交差点から5分もあれば油江天神社の社頭は見えてきます。

上はいつものマップ、移動経路はトライアングルを描くはずだったけれど、なにやら歪な形になってしまった。
想定した範囲を超えてしまうと線引きがつかなくなってしまうもので、この辺りまで来ると鷹場村集落周辺というより、萱津の渡しへ続く鎌倉街道東宿の東外れといった感じか、足の疲労もピークに来ているのでこれ以上は進めない。

右手に聳える大きな樹と白い幟が油江天神社の目印。
微妙に曲がりながら西に伸びる通りは、どことなく旧街道の趣があるが、地図の履歴を見ていくと明治頃の鎮座地は一面田圃が広がるのみ、戦前に作られた道のようです。

静かな住宅街の通りに面して社頭を構える油江天神社、所在地は中村区中村町2になります。

社頭全景。
右に「村社油江天神社」の社号標(大正13)。
木造の明神鳥居の先は定番とも思えた蕃塀はなく、道路から拝殿が見通せる。
境内左の社務所、参道の先の社殿が主な建物で、周囲に高い建物が少ないだけに境内の樹々(楠)の樹高が一層際立って見える。

「歯痛・腰痛に霊験あらたか
祭神・薬の神様・少彦名命
神話では大國主命と協力して國土開発に当たったとされており 一般には「医薬の神様」として親しまれてきました。
この神社では特に歯痛に霊験あらたかとされています。
明治時代に「尾張國愛知郡誌」はこの神社を取上げ次のように紹介しています。
「今歯痛アレハ此社ニ油ヲ供シテ祈願ス。必ス霊験アリト云フ油壺社前ニ堆積ス」
かつては多くの人が菜種油を奉納し 油を塗って痛みの去るのを願ったそうです。
古い話では郷土の武将織田信長公も歯痛の祈願をされたと言い伝えられています。
神社創建年代は分かっていませんが「貞治3年」(1364)奥書の「尾張神名帳」には「従一位上油江天神」と記されています。
かなり古い神社であることは確かです。
時折、市内・市外ご遠方より家族が歯痛で苦しみこの神様に助けられたとお礼詣りにご年配者等お年よりも訪れておられる事実もございます。
今痛い個所あれば一度おためしあれ 油江天神社」

歯痛・腰痛に御利益ありか、この足の疲労と股関節の傷み、かみさんの五十肩の傷みが和らぐならここはしっかり拝んでいこう。

社頭の由緒と拝殿。

由緒の内容は以下。
「御祭神は少彦名命であります。
大国主命と共に国土造営に偉功を樹てられ 特に医療の法を始めて教え給へる神様にして後世医薬の祖神と仰がれ萬病癒に進徳弥高く特に歯痛に霊験あり人々油を供へて祈願するもの多し」

天神社ながら管原さんではないのか。

尾張志に目を通すと油江天神社の記述があった。
「油江天神社
上中村にまして今は油の天神と称す 本国帳に愛智郡従一位油江天神 元亀本正四位とし明応本従三位上とし貞治本従一位とし古本に従三位とすとある是也
油江はここの地名なれとも 今は廃れて此社号にのみ残れり 当社に寛永八年かける棟札あり それに南無天満大自在天神之御社とあり かの本国帳に某天神と書るは神階によりて名神天神地神と差別ある三等の名目なる事をも辨へす天神といへは皆菅神とこころ得あやまりて 式内帳内等の官社を菅家とあてたる類国中甚多しよく考へわくへき也 此棟札を見てゆくりなく菅天神に思ひあやまる事なかれ かかれは今世にさたする祭神と云ものの故縁ありけにきこゆるは 却て近世の好事の人の考へ充たる新説にて信かたく 式内帳内の明證ともなるべき社記棟札なともたえてなきよしもあらねは近世のさかしらともすれば相交りて實に正しと見ゆるたぐひはいといとまれ也」

寛永八年の棟札の南無天満大自在天神之御社(菅原道真)とあるが、天神社というと菅原道真と捉えがちだがそれは違いますよという事か。

尾張志が編纂されたのが1844年、当時は廃れた社号のみ残る状態だったようです。
鳥居から拝殿に続く参道には狛犬の姿はなく、一対の常夜灯だけのシンプルな神社。

鳥居をくぐった右に手水舎があるも、手水鉢は蓋がされ清めは出来なかった。

拝殿は梁間二間、桁行三間の切妻平入の木造拝殿で、大棟には左三つ巴の紋が入れられている。

拝殿は後方の幣殿・鞘殿が一続きとなったもので、奇を衒った意匠を避けた質実剛健といった感じの木造社殿。

拝殿額の揮毫は愛知県知事桑原氏によるもの。

拝殿内から本殿の眺め、本殿の造りまでは良く分からなかった。

ここにも三つ巴の紋。
屋根を遥かに超え、空に向け伸び続ける大きな楠、立派な樹は神社の歴史を語る存在かもしれない。

社務所前の光景。
今日ばかりはおすがりさせてもらおう。
こちらでおさい銭を投じ、手前の箱から袋に入れられた油の入った容器を頂いて、拝殿前にお供えし祈願し持ち帰る事にした。

痛みを和らげてくれる不思議な油を手に入れて境内を後にする。
小規模な神社ですが綺麗に手入れされており、多くの人に崇敬されているのが伝わってくる。

鳥居左側で見かけた道標。
年代は見ていないが、どこぞに立てられていたものだろう、「左□油天神道」とあった。

さてと、どうやって帰ろうか、中村日赤駅に戻るのが一番近いのだが、今年最初の徘徊なので当初の計画通り本陣駅に向かおう。

痛みを和らげてくれる不思議な油。
こうしたものに医学的根拠があるとか、ないとか物事白黒はっきりさせる必要はないだろう。
病は気からだ、不思議な油で関節も滑らか…なのだ。

油江天神社
創建 / 不明
祭神 / 少彦名命
境内社 / ……
所在地 / 名古屋市中村区中村町2-115
参拝日 / 2024/01/09
素盞男神社から油江天神社 / 社頭から西へ、中村日赤駅交差点で鳥居通りを越えて西進、一本目を左折しその先を右折し直進。 移動時間約​​約10分
公共交通機関 / ​地下鉄東山線中村日赤駅一番出口から​徒歩5分
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