#愛知県

「街並み保存通り」知多市岡田

「街並み保存通り」は名鉄常滑線長浦駅からだと30分程東に位置し、県道252号線の一本南にあたります。 県道252号線「登り」交差点から「太郎坊」の間の僅か500㍍に満たない距離ですが、車の往来も少なく落ち着いた古い街並みが続く通りだ。 岡田に住むOB曰く…

『八剱神社』豊山町青山 

八剱神社 極めて古くからの宮居と云う八剱神社ですがその由緒に関して特に記されたものはないようだ。 地史など調べて見たがはっきりした記述は見つかられなかった。 祭神は須佐之男命を祀る。 境内で創建時期を考察するもので確認できたものの最古のものは…

「天王社」 守山区川村町

守山区川村町の天王社。 川嶋神社東参道の対面に鎮座し、過去に訪れているが見落としていたようです。 三叉路の角地に鎮座する天王社は覆屋の下に見慣れた赤い社と四方吹き抜け拝殿?が建っている。 この様式も守山天王社のstandardな形の一つかもしれない。

知多市佐布里白脇 「愛知用水神社、愛知用水水利観音」

「愛知用水神社」と「愛知用水水利観音」は水の恩恵に感謝し、それを実現するために亡くなられた方々をお祀りするため、1976年受益者により創建された神社。

「天王社」 守山区永森町

少し前は水田が広がっていたこの辺り、今は水田すら見る事は難しくなった。 ゆとりーとラインの高架が延々と続く。 天王社へはゆとりーとライン金森駅で下り、北に進み古川右岸に広がる住宅街の角地に鎮座します。 外観は一帯で見かけるものと全く同じ、瓦葺…

「六所社」 北区下飯田町

名古屋市北区下飯田町 六所社 北区と東区は六所神社が多い、ここ下飯田町から少し東の上飯田南町には祭神も全く同じ六所宮が鎮座します。 六所社境内に由緒書きは見当たらず詳細は不明、ただ1781~1788年の天明年間に社殿造営の棟札が残るとされるので、歴史…

新田町観音堂と名桑町菩薩堂

縁あって豊山町を訪れました。 この辺りは寺社も多く、町角には観音堂や地蔵堂が祀られ古い石仏など新たな発見が多い。 今回はこの時見かけた新田町 観音堂と名桑町 菩薩堂を掲載する事にします。

豊場中之町『医王山 長寿寺』

医王山 長寿寺 織田家家臣の溝口富之助が常安寺を創建した812年(弘仁3)、薬師堂として始まったのが長寿寺のようだ。 境内の薬師堂は豊山町最古の建造物とされ、長寿寺を訪れる動機になるだろう。

名古屋市北区金城 「多奈波太神社」

多奈波太神社 七夕というと西区の星神社の七夕伝説が思いつく。 星神社の南を流れる庄内川には「たなばたひめ」の民話が伝わる、ここ田幡村の娘と対岸に住む若者の悲しい物語だ。 心情として星神社と多奈波太神社が対であると更にジーンとくるだろうがどうも…

「熊野社」 名古屋市守山区大永寺町

名古屋市守山区大永寺町「熊野社」 町名の由来はここから少し西に鎮座する曹洞宗の寺院「寿昌山大永寺」から来ている。 山門脇の枝垂れ桜が綺麗な寺でこれからの時期楽しみな場所。 熊野社の創建は古く1617年(元和3)、名古屋城築城普請奉行の岡田善同が名古…

下道走って滋賀県へ

所用で滋賀県高浜まで出かける機会があり、下道を走り鈴鹿山系を越えてのんびり走ってきました。 都会では梅の開花だ、土筆見付けたと云っていても、山里に春が訪れのはもう少し待つしかないようだ。

名古屋市北区柳原2「深島神社」

深島神社は柳原商店街方向に向かう通りから、左を眺め歩いて行けば突き当りの鳥居が見て取れる。 社頭は鳥居の右に「村社 深島神社」の社号標と左に由緒書きがある。 尾張藩8代藩主の松平宗勝の第6子、松平勝長が現在の長栄寺南付近に柳原御殿建て江戸から勧…

「萬松山 常安寺」

常安寺の歴史は古く、812年(弘仁3)に現在の名古屋空港付近にあった岡山に、空海が創建した真言宗の観音寺から始まると云う。 山門脇の「三界万霊の碑」には、1834年(天保5)の大洪水で村の水田が冠水、それを守ろうとした農民の思い、それにより水没した大蒲…

「山神社・お福稲荷社・白龍大神」名古屋市北区安井

西願寺六所神社から住宅街を南西方向に10分程。 街中に取り残されたように樹々が生い茂る一画が山神社・お福稲荷社・白龍大神の鎮座地。 新年最初の5.6㌔の神社巡りもここが最終目的。陽は傾き落ちるばっかりだ。

0303佐布里池の梅 愛知県知多市

ひな祭りの昨日、我家の姫のご希望で佐布里池梅祭りを見に出かけてきました。 名鉄河和線沿線の「八幡新田」で降車、徒歩で佐布里池、岡田の街並みを眺め名鉄常滑線「長浦」までの約8㌔で咲き誇る梅を眺め土筆に出会えればいいかな的なルート。

「天王社」名古屋市守山区川村町

守山区は天王社が多く、随分巡っていますが全てを参拝するには程遠い。 名古屋市​守山区川村町の天王社もその一つで赤に塗られた特徴のある社が祀られています。 このあたりになぜ多くの津島信仰の天王社が多いのか理由はよく分からない。

名古屋市北区名城2 宗像社

北区名城2『宗像社』 団地の中に鎮座する小さな神社。 神社を取り囲む団地は開発工事で解体の真っ只中。 既に廃社とも聞くがそれを裏付けるものはない、嘗ての団地内の生活道路沿いに鎮座する宗像社、生まれ変わる団地のコミュニティーの場としてその姿が残…

『成願寺六所神社』名古屋市北区安井

「成願寺町六所社」 中切の神明社と天神社が矢田川右岸堤防に鎮座、今回の成願寺六所神社もその近くに鎮座している事がよく分かる。 地図に六所神社が現れるのは1932年頃、それ以前に鳥居の印はない、堤防に鎮座していた神明社や天神社と少し状況は違うよう…

名古屋市北区名城『天王神社』

名古屋市北区 天王神社 集合住宅に囲まれる様に鎮座する天王神社 人の動きがありそうな環境の割にあまり人の気配を感じさせない。 計画的な解体建替工事が進められていることもあるのかもしれない。 どことなく寂しい佇まいの天王神社。 それを払拭するかの…

茄子天神と呼ばれた『中切天神社』

中切神明社から東に5分程の住宅街に鎮座する『中切天神社』。 北垂れの傾斜地で神社が鎮座する辺りはその高みにあたる。 この神社も昭和始めに行われた矢田川の付け替えにより大きく変貌した地域。 この天神社の創建は定かではなく、一説に安食重頼や山田重…

『八社神社』西春日井郡豊山町

西春日井郡豊山町豊場木戸 八社神社 中之町津島社から徒歩で10分程西の豊場木戸。 周囲は住宅が立ち並ぶ、その街並みの中に南と北に二つの杜が見える。 南側の杜が今回の目的地「八社神社」でそのすぐ北に寄り添うように萬松山常安寺の杜がある。 物部神社と…

嘗ての矢田川堤に鎮座する『中切町 神明社』

中切神明社 つい最近までは矢田川「右岸」の堤の高台に鎮座する神社…だった。 付け替えにより川の流れは大きく変わり、周囲は住宅が広がっているが、今も当時の名残を留める堤の上に鎮座する。

『津島神社』全国天王総本社

津島市神明町「津島神社」 全国天王総本社として、西の八坂、東の津島として知られる。 往古は津島牛頭天王社と称し、今も「お天王さま」として崇敬される神社。 社伝によれば540年(欽明天皇元年)鎮座とされ、810年(弘仁元年)に正一位の神階と日本総社の号を…

『津島社』西春日井郡豊山町

県営名古屋空港の西に鎮座する津島社 「津島社 祭神 須佐之男命 由緒 津島神社の分神を祀り天王社と称えた。 お天王さまと呼ばれ親しまれている」 創建は江戸時代まで遡るかもしれない、災いから豊場村を守ってきた津島社です。

金城町『六所社』名古屋市北区

六所社 市街地にありながらゆとりのある社地を持つ美しい神社。 1547年の棟札が残る年月を積み重ねた歴史ある神社。 この一画だけはゆったりとした時間が流れていた。

知多四国八十八箇所霊場 八十七番札所 鷲頭山 長寿寺

知多四国八十八箇所霊場 八十七番札所 鷲頭山長寿寺 長寿寺に棲んでいた高蔵坊狐。 荒廃の進む寺の住職に変化し、御利益を説いて廻り、寺の修復に繋げたと云う、狐に守られる寺。

荒廃する寺を救った狐を祀る「高蔵坊稲荷神社」

荒廃する長寿寺を救った一匹の狐。 苦悩する住職に化身し村々を巡ってこの寺の御利益を説いて廻った高蔵坊狐。 狐に守られてきた長寿寺、現在は鉄筋コンクリートの立派な寺として続いている、今も鷲津山に住み寺を見守っているのかも知れない。

常滑の町を見下ろすように鎮座する『庚申堂』

相持院から西に10~15分程。 常滑焼の窯元と住居が混在する昔懐かしい町並みが続く。 この丘陵を下れば常滑駅も近い。 常滑の町を見下ろす陶郷町1の三叉路に小さな祠が祀られていました。 時間が逆戻りしたかのような街並みは映画20世紀少年のロケ地にもなっ…

常滑市 『神護山 相持院』知多四国六十五番札所

相持院(そうじいん) 常滑市千代丘にある曹洞宗の寺で知多四国霊場65番札所。 創建は古く、その歴史の中で一時期は廃寺の道を辿り宝全寺に統合されます。 その後再興され幾度かの移転を経て現在地に鎮座する。 映画20世紀少年のロケ地としても登場する。

『甲城山 常福院』半田市岩滑中町

半田市岩滑中町「岩滑 八幡社」境内から西側に続く細い路地を1~2分程進む、黒い簓子壁が続きそれが途切れると常福院。 幼少期の南吉の遊び場だったようです。 境内で催される盆踊りで踊ったりしたなじみ深い寺。