愛知県 知多四国巡礼 第6回:十六番札所 鳳凰山 平泉寺

第六回歩いて巡拝 知多四国も十六番札所 鳳凰山 平泉寺でゴールを迎えます。
 前回掲載した唐松の井戸から、少し先の辻を左に曲がった、50㍍ほど先が平泉寺山門になります。

道標になるのがこの石標。
 これが見えたら左に進んでください。
「卍〇5丁」と刻まれていますが、〇の文字が読み取れず全体の意味が分かりませんが、「5丁」だけ捉えれば17番札所観音寺までの距離を示す石標のようです。

石標から左に進んだ先、十六番札所 鳳凰山 平泉寺の伽藍が見えてきます。

山門と左に鐘楼、正面が本堂。

山門の天台宗鳳凰山平泉寺の寺名札。

境内正面の全景。
 平泉寺は不動明王を本尊とする天台宗の寺院で、前回掲載した「唐松の井戸」と深いかかわりのある寺院です。
第53代淳和天皇が、天長7年(830)のある夜、鳳凰が何羽も群れをなし当地に舞い降りる夢を見られた。
 天皇から鳳凰を探すように命じられ、この地に来た慈覚大師円仁は、天皇霊夢に因んで鳳凰山と名付けて天長7年(830)に平泉寺を開創したと伝わります。
 当初は鳳凰山平泉寺大乗坊と称したそうです。

また、文治6年(1190)、源頼朝が父義朝の墓参の帰途、平泉寺に参詣し、本尊尾張不動尊に国家安穏を祈願しました。
その際に頼朝は「月の明らかなるに過ぎる何もなくさえ渡れば、円月坊と称すべし」と命じ、それ以来坊内を円月坊と言うようになったそうです。
 本尊は慈覚大師の作と伝えられ、毘沙門天立像と阿弥陀如来坐像とともに県の文化財に指定されています。

上は阿久比町誌 資料編(1994)に掲載されている平泉寺伽藍になります。
 山門(表門)正面の庫裏と左の寄棟造の建物が客殿があり、その左の小振りな寄棟造の建物が本堂となります。
弘法堂は入母屋造りで唯一東向きに建てられています。
 伽藍の水屋と鐘楼の間に、ここには記されていないオカラス大明神が祀られています。

山門左の境内の眺め。

客殿(阿弥陀堂)は寄棟瓦葺で大きな向拝を構え、本堂と見まごうばかりの威厳が漂います。

こちらに安置される阿弥陀如来は仁平2年(1152)の銘が記され県下最古のものとされ、県の文化財に指定されています。

客殿左の本堂。

本尊の不動明王像は慈覚大師円仁作とされ、文永11年(1274)の修理銘が残る。
 昔話によると、人々を苦しめる邪鬼がおり、武勇に勝れた英比丸が、邪鬼を退治して地中に深く埋め、再び出現しないように魔除けの柊を植えたと言われる。
ある夜、邪鬼を埋めた柊の下で大師が野宿をされた時、夢のなかに土中で苦しむ角の生えた童子の姿が現れ、翌朝、大師は柊を倒し、その柊で仏像を刻み祀ったのが平泉寺の起こりであると言われている。

毘沙門天立像は運慶作とされ、何れも県の文化財に指定されるもの。
 阿久比町史によれば、他にも複数の仏像や金剛界曼荼羅図、胎蔵界曼荼羅図を所蔵するようです。

太子堂は入母屋妻入りの瓦葺で向拝が付くもの。

手水舎左のオカラス大明神。
 平成に入り建立された腰の神様で、腰痛持ちの自分にとって、拝み忘れてはいけない神様です。

さんどくをあらうてきよきへいせんじ ふどうのりしょういともかしこし

第六回歩いて巡拝 知多四国参加記念の梵字カード。
 これで前半の1~6回をコンプリート。
ここまでスケジュールが合わず、収集は諦めていたが、後開催の参加でも梵字カードが入手でき、今のところカードも全て揃って台紙に収まっています。
 酷暑が落ち着く?9月以降までこのイベントも、しばらくお休みとなります。 

愛知県 知多四国巡礼 第6回:十六番札所 鳳凰山 平泉寺
宗派 / 天台宗
開基 / 慈覚大師円仁
創建 / 天長7年(830)
本尊 / 十一面観世音菩薩
所在地 / 知多郡阿久比町椋岡唐松29​
唐松の井戸から平泉寺 / ​距離100㍍、1.2分程
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